55 真実を知りたかっただけですもの
次の瞬間、アレクサンダーは慌てて己の口を押さえたが、もはや後の祭りである。
「やっぱり巨人を目覚めさせたのは貴方がたでしたのね……」
クローディアは深々とため息をついた。
「地下神殿に踏み込むだけならまだしも、邪神の眷属に手を出すなんて、どうしようもありませんわね。眠っている巨人相手なら楽勝だとでも思いました? 十三体の巨人を成果として計上できれば、自分たちがぶっちきりの優勝だ! とでも思ったのですか? どうせエヴァンズ様辺りの思い付きでしょうけど、リリアナ殿下がそれに同調したのは意外ですわね。もう少し無欲な方かと思ってましたわ」
「リリアナ様は無欲な方だ! あの方はただ、お前たちが優勝するよりは、自分たちがした方がいいだろうとお考えになって、フィリップに賛同しただけだ」
「私たちの優勝を阻止するためにやったとでもいうのですか?」
「その通りだ。大体元はといえば、お前たちがエリザベス・ブラッドレーと組んだりするのが悪いんだろうが!」
「私たちがエリザベス様と組んだから……?」
かつてのリリアナの発言がクローディアの脳裏によみがえった。
――クローディアさんたちはともかく、エリザベスさんと組むなんて、信じられない……。だってエリザベスさんはダミアンのことを『汚らわしい者』って言ったのよ? 人の生まれを侮辱するような人間なのよ? そんな人と組むことが、お兄様の考える『王族に相応しい振る舞い』なの?
――でもオズ、私、こんなの許せなくて。口先だけの謝罪で、終わったことにしてしまうなんて。
「つまり……こういうことですか。リリアナ殿下はご自分が正義の鉄槌を下した『悪人』エリザベス・ブラッドレーが優勝メンバーの一人として、学院内で幅を利かせるのが不愉快だった。だから彼女の優勝を阻止できるならと、エヴァンズ様の提案に飛びついた、と」
「そういうことだ」
「それならそれで、最初から優勝を目指して地道な努力をすれば良かったんじゃありませんの? あなた方が本気でやっていたら、正攻法で私たちに勝っていた可能性だってありましたわよ?」
「……そういう『誰かを負かすための努力』なんてさもしい真似をなさらないのがリリアナ様なんだ」
アレクサンダーはどこか弁解がましい口調で言った。おそらくアレクサンダー自身も正攻法でやるべきだったと内心思っているのだろう。
しかし天真爛漫な王女殿下は「誰かを負かすための努力なんて私らしくないじゃない?」と蹴り飛ばし、あくまでお友達みんなと楽しく過ごすことが最優先。「でもなにかのついでに『悪い人』を懲らしめることができるなら、それも悪くないわよね?」と軽く考えて、石の巨人に手を出した。ところがその後の展開は、リリアナが意図したようには運ばなかった、というわけだ。
なにしろ場所は地下神殿。最大火力の攻撃魔法を放とうものなら、天井が崩れて生き埋めになりかねない状況だ。ゆえにリリアナは加減せざるを得なかった。しかしあの巨人は全力の攻撃魔法でないと破壊できない代物なのだ。
結局彼らは攻撃したとたんに動き出した巨人たちにあっさり返り討ちに遭ってしまい、這う這うの体で逃げ出した挙句に、その後の大騒動を引き起こしたのだから、まったく笑えない話である。
「で、保身のために今の今までそれを隠蔽していたわけですか」
「それは……モートン先生が口外するなと言ったんだ。一般生徒が知ったらパニックになるからって」
「モートン先生? なぜそこでモートン先生が……もしかして、巨人から逃げるときにモートン先生に助けてもらったのですか?」
「ああ。リリアナ様はモートン先生から個人用の救援信号を渡されていたから、それを使って助けに来てもらったんだ」
学院本部にモートンが不在だった理由がそれで分かった。リリアナに呼び出されたモートンは首尾よくお姫様を救い出したあとも、「いつまた巨人が戻ってくるか分からないから」とか何とか言いながら、ずっと付き添っていたのだろう。
その間、自分は巨人を相手に死闘を繰り広げていたのかと思うと、実にやり切れない思いである。
「それにオズワルドも『こんなことが知られたら、ただでさえ庶子で立場の弱いダミアンが肩身の狭い思いをすることになる』って言い出して、それでリリアナ様も同意したんだ」
「ああなるほど、『立場の弱いお友達のため』という素敵な大義名分を手に入れて、みんなで隠蔽したわけですね」
「だから隠蔽じゃない! モートン先生がしかるべき筋には自分がちゃんと報告するとおっしゃっていたから、先生にお任せしただけだ!」
「それはおかしいですわね。宮廷魔術師団にはなんの報告も上がっていませんわよ?」
それどころか、石の巨人が邪神の眷属である可能性を否定するために、クローディアの証言を虚偽扱いしていたくらいだ。
「先生は宮廷魔術師団ではなく陛下に直接申し上げると言っていた。邪神対策の最終責任者は国王陛下なのだから、なんの問題もないだろう。陛下がそれを魔術師団に伝えなかった理由はわからないが、なにか深いお考えあってのことだろうし、我々が詮索すべきことじゃない」
(深いお考え、ね)
どう考えても水たまり並みに浅いお考えのようにしか思えないのだが。
「――とにかくそういうことだから、この件が公になっていないのは他でもない国王陛下のご判断だ。お前が勝手に言いふらしたりしたら、ラングレー伯爵家は王家を敵に回すことになるんだぞ」
「元よりそんなつもりはありませんわ」
アーティファクトで得られた情報をどう扱うかは、管理権者であるラフロイ侯爵が決めることであり、クローディアが勝手に言いふらすことは許されない。というか、それが貸し出す条件だった。
「私はただ真実を知りたかっただけですもの」
「真実を……」
そこでアレクサンダーは、はっとしたような表情を浮かべた。
「そうだ、そもそもお前は、俺がリリアナ様のどこに惹かれたかについて、真実を知りたかったんじゃなかったのか?」
「ああ、それは別にどうでもいいと言いますか、ご自身でおっしゃっている通り、リリアナ殿下の素晴らしいお人柄に惹かれたってことで構いませんわ」
クローディアはさばさばと言い切った。
「顔や身分を持ち出したのは、リーンハルト様が私のことを『あいつは俺の顔と身分にしか興味がないんだ』と蔑んでいると聞いたので、逆にそこをつついて差し上げたら、むきになって否定してくるだろうと思っただけです」
「つまりお前は、最初からそのつもりで俺を嵌めたということか?」
「ええ、だってそのためのお茶会ですもの。上手く引っかかってくれてほっとしましたわ」
「よくもぬけぬけと……!」
アレクサンダーはしばらくの間、怒りで身体を震わせていたが、やがて乱暴にクローディアの肩を掴んでぐいと顔を近づけた。
「クローディア・ラングレー、最後だから俺の本音を聞かせてやる。俺はお前を見ていると虫唾が走る。リリアナ様の存在があろうとなかろうと、俺はお前が大嫌いだ!」
「あらまあ、それは残念ですわね。私は一周回って、リーンハルト様のことがちょっと好きになってきたところですのに――ちょろ過ぎて」
クローディアがにこやかに微笑みかけると、アレクサンダーは悪鬼のような形相を浮かべた。そして突き飛ばすようにしてクローディアから離れると、無言でその場を立ち去った。
クローディアは彼が帰るのを見送ったのち、侍女のサラに馬車の支度をさせるよう言いつけた。今しがた手に入れた情報を、未来の上司にしてアーティファクトの管理権者であるラフロイ侯爵と共有するためである。
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