53 舞踏会のパートナー
「――そういうわけで、正式にラングレー家の跡取りから外れることができましたの。今日にも婚約解消の合意が成立するはずですわ」
いつもの四阿で、クローディアが満面の笑みを浮かべて報告すると、他の四人から「おめでとうございます。クローディア様」「クローディア嬢、おめでとう」「念願かなって良かったな」「良かったわね、クローディアさん」と口々に祝福の言葉が贈られた。
「皆さま、ありがとうございます。ここ数日は通達が今日来るか、今日こそ来るかって毎日じりじりしてましたので、本当にほっとしましたわ! 確実だとは聞いていましたけど、実際に文書で目にするまではやっぱり不安でしたもの。それに創立祭までに間に合わない可能性もありましたし」
「創立祭と婚約解消になんの関係があるのよ」
エリザベスが怪訝そうに問いかける。
「だって舞踏会がありますでしょう? 私は生まれてこの方一度も舞踏会に参加したことがないので、それが楽しみなんですの。なにしろエスコート役のリーンハルト様が、毎回当日の朝になってから体調を崩す方でしたから!」
「とんだ外道じゃないの……」
「本当に酷い婚約者だったんだな……」
エリザベスとライナスから同情の眼差しを向けられて、クローディアはなんだか泣きそうになった。分かってはいたが、第三者から言われると、己がいかに酷い扱いを受けてきたかを改めて実感させられる。
「もういいんですの。過去は過去ですわ。創立祭までに婚約解消できたら、ジョン・クロス様がエスコートを申し込んでくれることになっていますから、創立祭では思い切りダンスを楽しむつもりですわ!」
「え、ジョン・クロスってクロス男爵家の次男か?」
ライナスが驚いたように問いかける。
「ええ、そのクロス様ですわ。お知り合いなのですか?」
「一応うちの寄り子だからな。あいつは先日子爵家の令嬢と婚約したから、その子をエスコートするはずだぞ。君はあいつと正式に約束してるのか?」
「え、それは……お互いフリーだったら改めて申し込むという話でしたわね、そういえば」
まあそれならそれで「自分にも婚約者ができたから申し込めなくなった」と一言伝えて欲しかったが、言いづらかったのだろう、たぶん。
「……困りましたわ。創立祭までにエスコート役の殿方を見つけなければなりませんわね」
巨人騒動以来クローディアの評価は大いに上向いているものの、「不気味な妖怪」や「危険な怪獣」から「令嬢の枠を超えた偉大なるなにか」にクラスチェンジした結果、かえって縁遠くなった気がしないでもない。今から自力でエスコート役を探すのはさだめし困難なことだろう。
「皆様、どなたか適当な殿方を紹介していただけませんこと?」
「適当な方ねぇ。パートナーのいない男性なら誰でもいいの?」
「ええ。この際、誰でも構いませんわ。だけどあえて希望を言うなら、感じが良い方がいいですわ。付け加えるなら、ダンスが上手い方なら嬉しいですわね。あと、身長的に私とバランスが取れる方なら最高ですわ。ほら、あまり背が高すぎたり低すぎたりすると、やっぱり踊りづらいでしょう?」
「結構好みがうるさいわね……。そうね、うちの寄り子でその条件に該当しそうなのは――」
「待ってくれ」
そこにユージィンが割って入った。
「クローディア嬢、そういうことなら私にエシュ――」
ユージィンは軽く咳払いしてから、「――私にエスコートさせてもらえないかな」と言葉を続けた。
「え、ユージィン殿下に、ですか?」
「ああ、私はパートナーがいないし、ダンスはそこそこ得意な方だ。身長的にも君とバランスが取れると思う」
「でも、いいんですの? ユージィン殿下には、どなたか内定した方がおられるのでは?」
なにしろ王子殿下である。正式な婚約はまだにしても、高位貴族の令嬢や隣国の姫君がお相手として内定していると思い込んでいたのだが。
「いくつか話は来ているようだが、全て父上が断っている。……まあ、父上も色々と考えがあるんだろう」
(ああ、そういうことね……)
おそらく国王はユージィンに強力な後ろ盾ができるのを阻止するために、持ち込まれた縁談を片端から潰しているのだろう。
「そういうことでしたら有難くお受けいたします。生まれて初めての舞踏会で本物の王子様にエスコートしていただけるなんて、物語のヒロインになった気分ですわ」
クローディアが答えると、ユージィンは「そうか、良かった」とあからさまに安堵の表情を浮かべた。
もしかすると、ユージィンも適当な相手がいなくて困っていたのかもしれない。
「ルーシー様ももちろん参加なさるんでしょう? 会場でお会いできますわね」
「ええ、私も会場でクローディア様とお会いするのが楽しみですわ。フィリップ様のエスコートはいつも入場のときだけなので、帰るまでずっと一人で手持無沙汰だったんです」
「それはそれで酷いな……」
「アレクサンダー・リーンハルトと同レベルの屑じゃないの……」
ライナスとエリザベスの反応に、ルーシーは「やっぱりそうですよね」と苦笑したあと、「私もクローディア様みたいに、婚約解消できるように頑張ります」と力強く宣言した。
その明るい表情からは、進学の準備が順調であることがうかがえる。
「応援してますわ、ルーシー様」
「私も応援してあげるから頑張りなさいな」
「クローディア様もエリザベス様もありがとうございます。――そういえば、エリザベス様はどなたと参加なさるのですか?」
「それがまだ考え中なのよ。付き合いのある家の次男や三男からエスコートさせてほしいって申し込みは結構来てるんだけど、あいつら私がリリアナ殿下と対立したとき一斉に距離を置いたんだもの。最近またすり寄ってきてるけど、やっぱりなんだかもやもやするわ」
「気持ちは分かるけどあまり邪険にするなよ。次期当主ならうまく付き合っていかないと」
「言われなくても適当にあしらってるわよ。そういうライナスこそどうなのよ」
「俺もまだ考え中だな。留学中は気楽なもんだったが、こっちでは一応侯爵家の嫡男だからな。迂闊な相手に申し込んだら、すぐ婚約のなんのという話になるし」
「それじゃ、お二人がパートナーになったらいいんじゃありませんの?」
クローディアの提案に、二人そろって「は?」と声を上げたところで予鈴が鳴ったので、その件については結論が出ないまま昼食会はお開きとなった。
帰宅したクローディアは、ほどなくして父の執務室に呼び出された。
「リーンハルト公爵家と交渉が終わったよ。こちらの提案通りの条件で解消に応じてくれるそうだ」
「それじゃ、私の出した条件も呑んでいただけたのですね?」
「ああ、そんなことでいいなら喜んで、と言っていた」
宮廷魔術師就任による跡取りの変更は「正当な理由」として法的にも認められているので、跡取り変更に伴う婚約解消について、ラングレー伯爵家がリーンハルト公爵家に対して慰謝料を払ういわれはない。しかし人の好い父はリーンハルト家に高額な慰謝料を払うつもりだと言っていた。
そこでクローディアは「支払う代わりに一つ条件を付けてほしい」と父に頼んでいたのである。父の言葉によれば、その要求が受け入れられたということだ。
「良かったですわ! それじゃ早速準備をするように皆に伝えておかないと!」
そういってはしゃぐクローディアに、父はどこか痛まし気な表情を浮かべていた。おそらくあんな「条件」を持ち出したクローディアの心情を慮っているのだろう。
それから数日後。クローディアの要求通り、アレクサンダー・リーンハルトがラングレー伯爵邸を訪れた。
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