52 証拠もないのに決めつけるのは
「本当に信じられないわ。とんでもない化け物が現れたと思ったら、わざわざ目覚めさせた人がいたなんて!」
いつもの四阿で昼食をとりながら、エリザベスは憤懣やるかたないといった調子で声を上げた。
「しかもいまだに名乗り出てこないってのが最悪だよな。クラスの奴らもみんな『許せない、犯人が見つかったら厳罰にすべきだ』って息巻いてるよ」
ライナスも同調し、温厚なルーシーも「私も許せません。その生徒は今年の魔法実践の単位をゼロにされても仕方がないと思います」と私見を述べた。
「いや、それじゃ甘いだろ。退学になって当然だ」
「二人ともぬるすぎるわよ。退学にしたうえで炭鉱送り一択よ!」
「それより犯人がどういうつもりでそんな真似をしたのかが気になるな。邪神の地下神殿にある巨人像なんて、手を出したらまずいことくらい分かりそうなものだ。……あまり考えたくはないが、邪神をあがめる教団の末裔という線も考えられる」
ユージィンが考え込むように言った。
彼らの反応を眺めながら、クローディアは少々複雑だった。なんとなれば、侵入者たちの正体について見当がついていたからである。
――ねえ、みんな、あそこに一角兎がいるわ!
実践演習の開始直後に、兎型魔獣を追って元気よく駆け出すリリアナと、慌ててそのあとを追うアレクサンダーたちの姿を今も鮮明に記憶している。
あれはまさに原作にあった通りの展開だ。その後彼らが地下迷宮に迷い込み、かつて邪神が祭られていた地下神殿に足を踏み入れるのもおそらく原作通りだろう。
原作の彼らの関心はもっぱら不気味な祭壇や山と積まれたしゃれこうべに向けられていたものの、帰る段になってから、リリアナがふと巨人像の前で足を止めて「この石像、なんだか妙な気配がするわ。まるで生きているみたい」とつぶやくくだりがある。
そこで傍らにいたアレクサンダーが「リリアナ様の直感がそう告げているなら、ただの石像ではなくて魔獣の一種なのかも知れませんね」と応じ、続いてフィリップが「じゃあここでまとめて壊しちまおうぜ! こんなでかいの十三体も倒したら、俺らがぶっちぎりの優勝だ!」と提案するのだが、無欲なリリアナは「せっかく眠っているんだもの、このまま眠らせておきましょうよ」と一蹴し、一同は石像に触れることなく引き揚げる――というのが本来の展開なわけだが、その流れがなんらかの理由で変化したのではなかろうか。
リリアナが一蹴しなかったか、あるいはフィリップが原作より強硬に主張したか、あるいはもっと別の事情か――ともあれ彼らが石像に手を出した結果、なんらかのスイッチが入ってしまい、巨人たちの暴走が始まった、というのは無茶な想像ではないだろう。
(だけど証拠もないのに決めつけるのは良くないわよね……)
現実が原作とこれだけ隔たっている以上、原作には登場していない未知の存在がたまたま地下神殿に踏み込んだ可能性だって、絶対にないとは言い切れない。いくらリリアナやアレクサンダーが信用できないからと言って、ついでにフィリップとオズワルドも嫌いだからといって、ダミアンはどうでもいいからといって、うかつなことを口にして彼らに濡れ衣を着せるような真似は厳に慎むべきだろう。
もやもやした気持ちを抱えたまま昼食を終え、ルーシーと連れ立って教室へ戻る道すがら、ふと視線を転じると、裏庭の茂みが揺れているのが目に留まった。遠目に眺めていると案の定、茂みををかき分けて現れたのはピンクブロンドの美少女だ。続いて生徒会の面々が次々に姿を現した。
彼らはクローディアたちには気づかないまま、いつものように王女様を取り巻いてなにやら盛り上がっている様子である。
少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の記憶によれば、あの茂みの向こうには学院の外に出る抜け穴があって、リリアナたちはしばしばそこから抜け出して、下町で買い食いを楽しんだり、ちょっとした冒険を楽しんだりしていたものだが、おそらくこの世界でも同じことをやっているのだろう。
規則破りを繰り返しながら青春を謳歌する姿からは、皆に多大な迷惑をかけた疚しさなど微塵も感じられないが、それは実際に疚しいところがないからなのか、あるいは単に気にしていないだけなのか、クローディアにはいずれとも判断がつかなかった。
そんな風にしてさらに半月が経過して、巨人騒動の記憶も薄れ、学院内では次なるイベント――王立学院創立祭が関心を集め始めたころ、ようやく宮廷魔術師団から「クローディア・ラングレーを王立学院卒業後に宮廷魔術師の一員として迎え入れる」との通達がラングレー邸にもたらされた。
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