5 自宅療養の日々
医師からも「数日間は様子を見た方がいい」と言われたので、クローディアは十日間ほど自宅で療養することになった。
実際のところ、倒れる直前のクローディアはアレクサンダーのことで思いつめるあまり睡眠不足と食欲不振が重なっており、血色は悪いし髪も肌もぼろぼろだった。三日間の昏睡は前世の記憶のせいだとしても、クローディアの健康状態に問題があることは間違いない。前世の死因が過労死であることを鑑みても、やはり無茶は禁物だ。
(ここらでゆっくり療養するのも悪くないかもしれないわね)
そこでクローディアは意識して三食しっかり食べて、夜は早めに就寝し、適度な運動を行って、健康回復につとめることにした。
ラングレー家は裕福な伯爵家だけあって出される食事は美味しいし、「アレクサンダーなんてどうでもいい」と思っていると、夜は大変よく眠れるものだ。また広々とした庭園は良く手入れされており、運動がてらに散歩するにはうってつけの環境である。
空いた時間は学院の勉強に費やした。今のクローディアの成績は赤点すれすれで、下手をすれば進級も危ない状況だ。これは地頭が悪いというよりも、「アレク様」のことにかまけすぎて勉強をおろそかにした結果だろう。
(やっぱり勉強は大事よね。今後どうなるか分からないもの)
鈴木律子は喪女だったが、学校の成績は優秀だった。おかげで勉強のコツのようなものはなんとなく会得している。クローディアは前世の記憶も頼りにしながら、こつこつと教科書の分からない部分を読み返した。
数学は元の世界とほぼ変わらないうえ、あまりレベルは高くないので、好成績が期待できそうである。一方、この世界の歴史や地理、魔法学や魔法実践といった科目は完全に未知の領域だが、ファンタジー小説を読むような感覚で楽しく勉強することができた。
歴史の教科書によれば、クローディアたちがいるエイルズワース王国は七百年前に光の女神の加護を受けた勇者アスランが邪神を滅ぼして築いた国だということで、現王家はアスランの直系の子孫だとか、現在の宮廷魔術師制度は邪神の復活に備えて創設されたとか、邪神と縁のあるクローディアにとっては興味深い記述が多かった。
歴史以上に興味深いのが魔法実践だ。魔法実践の教科書には「体内をめぐる魔力をコントロールして効率よく魔法を発動させる方法」について詳細な記述があるのだが、今までのクローディアはその辺りをおざなりにして、力任せに魔法を発動させていた。
それでも落第しない程度に魔法を使えていたのは、クローディアの魔力量がずば抜けていたからだろう。なんといっても邪神の憑依に耐えられるほどの魔法適性だ。潜在能力だけみれば国内随一と言っても過言ではない。
(つまりきちんと基礎を勉強すれば、大魔法使いになれるってことよね!)
クローディアは期待に胸を膨らませながら、せっせと魔力コントロールの訓練に力を注いだ。
勉強の合間には、父とチェスの対局を行った。幼いころは父の手ほどきのもと、二人でよく盤を囲んでいたものだが、父と仲たがいして以来全くやらなくなっていた。しかしこうして久しぶりに父と向かい合っていると、幼いころの記憶がよみがえってくるようだ。
疎遠な時期が長かったため、いきなり父と仲良くしようと思っても、なかなか会話が続かない。しかしチェス盤を間に挟むことで、クローディアは父と少しずつ打ち解けていくことができた。
そんな風にして十日間を過ごしたわけだが、療養期間が終わるまでの間、アレクサンダーはついに一度も見舞いに訪れなかった。それどころか見舞いのメッセージすらよこさない。いくら嫌いな婚約者だとしても、自分が暴言を浴びせた相手がその翌日から半月近くも学院を休んでいれば、少しくらいは気遣うものではなかろうか。
(やっぱりあの男、最低だわ)
顔以外に一体どこが良かったのか、今となっては思い出せない。いや「あの愁いを帯びた表情が素敵!」などと考えていたのは一応記憶しているが、その憂いの内情が「公爵家の道具になってる俺可哀そう」であることを思えば、もはや失笑ものでしかない。
少女漫画の記憶によれば、アレクサンダーはクローディアを「あいつは俺の顔と身分にしか興味がないんだ」などと嫌悪していたが、顔と身分以外に良いところがあるなら、今からでも教えてもらいたいくらいである。
そしてついに療養期間が明け、明日から登校する運びとなった。