48 幸せですわ
その後学院長ケイト・エニスモアによる結果発表と記念品の授与が行われた。
優勝したのはクローディアたちのグループだが、スクロールに記録されていない巨人は審査の対象外とされたため、あくまで午前中に狩った魔獣の実績によるものだ。徽章が納められた小箱がそれぞれに手渡されると、その場にいる生徒とモートン以外の教師から大きな拍手が沸き起こった。
熱心に手を叩く生徒の中心にいるのは、あの下級生たちのグループである。クローディアらが下級生を守るために身体を張って戦ったことは、彼らを通じて他の生徒たちにも伝わっているようだった。
教師たちからは賞賛と共に、クローディアを助けに行かなかった件についての謝罪と、巨人を倒したことに対する感謝の言葉を贈られた。
続いて二位と三位の表彰が行われたが、いずれも最終学年の生徒たちで構成されたグループで、ライナスは「生徒会の連中が三位以内にも入らないとはなぁ」としきりに首をかしげていた。一方エリザベスはジェイン・アデライドのグループが三位に食い込んだ一方、自分の「元」取り巻きたちの姿が見当たらないことにお冠で、「私がいないからって、みんなたるんでるわ!」と憤慨していた。
クローディアが将来をかけて臨んだ魔法実践演習は、そんな風にして幕を閉じた。
(やれやれだわね、本当に)
帰りの馬車の中で、クローディアは一人ため息をついた。
一応優勝したものの、やはり午後に魔獣狩ができなかったことが災いして、当初目指していた「ぶっちきり」ではなく僅差である。この微妙な結果をラフロイ侯爵が目にしたとしても、魔術師団へ勧誘してくれることはないだろう。むろん巨人たちとの戦いがきちんと伝えられたなら話は別だが、先ほどのモートンの様子からして、到底期待できそうにない。
この一か月間、魔獣の特性を調べ、計画を練り、ポーションの精製を手伝い、準備万端整えて実践演習に臨んだというのに、まさかこんな形で水を差されるとは思わなかった。
ラフロイ侯爵の呼び出しと十三体の巨人の出現。
そのあまりのタイミングの悪さに、なにか宿命的なものを感じてしまう。
(まさかこれって物語の強制力じゃないわよね……)
今の今まで好き放題やってこられたのだし、そんな馬鹿なことあるわけがないと思う反面、胸の奥から湧きあがる不安を抑えきれない。
あれこれあがいて運命を変えたと勝ち誇ったところで、所詮コップの中の嵐であって、大きな流れはなにも変わっていないのではないか。クローディア・ラングレーは結局アレクサンダー・リーンハルトと婚約解消できないままずるずると時を過ごして、精神的に追い詰められた挙句に闇落ちして邪神に取り憑かれてしまうのではないか。
そんなわけがない、いやしかし、などと思い悩んでいるうちに、馬車はラングレー邸に到着した。
重苦しい気持ちで馬車から降りると、いつものように金髪の天使と白い毛玉が駆け寄ってきた。
「お姉様、お帰りなさいませ!」
勢いよく飛びついてくる一人と一匹を、クローディアは両腕を広げて受け止めた。
「ただいまソフィア、それからジャックもただいま!」
クローディアが一人と一匹を抱きしめていると、続いて出迎えた父と義母が「お帰りクローディア」「クローディア様、お帰りなさいませ」と笑顔で声をかけてきた。
「お父様、お義母様、ただいま帰りました」
クローディアも笑顔を返すと、父と義母を順番に抱擁した。
「それで、演習はどうだった?」
「もちろん優勝しましたわ」
「やっぱり優勝か! おめでとうクローディア、お前は私の誇りだよ」
「素晴らしいですわ。おめでとうございます、クローディア様」
「お姉様、凄いです! やっぱりお姉様は最強の魔法使いですね!」
「お父様、お義母様、ありがとうございます。ソフィアもありがとう。色々あって大変でしたけど、楽しかったですわ。おかげでお腹がぺこぺこですの」
「丁度良かった。今日はお前の優勝祝いでご馳走だよ。料理人たちに朝から腕を振るってもらったんだ」
「まあ、結果も分からないうちからお祝いの準備をしてくださいましたの?」
「なぁに、お前なら絶対に優勝できると信じてたからね!」
胸を張って言う父の横から、ソフィアが「お父様は『優勝できなかったらそのまま残念パーティにするから大丈夫だ』って言ってました!」と得意げに言い添えて、義母が「駄目よ、ソフィア」と小声で叱責の声を上げる。
「ふふ、なんにしてもありがとうございます。優しい家族に囲まれて幸せですわ」
そう口にしながら、クローディアは先ほどの不安が少しずつ和らいでいくのを感じていた。
そうだ、今の自分は幸せ者だ。優しい家族がいて、気のいい友人たちがいて、魔法の才能にも恵まれている。こんな自分が闇落ちなんてするはずがない。大切な人たちがいる世界を、滅ぼしてしまいたいなんて考えるわけがないではないか。
(私としたことが、一度の失敗くらいでぐだぐだ悩みすぎてたわ)
今回を逃したとしても、卒業までにまた魔術師団にアピールする機会はあるだろう。
卒業までまだ一年以上あるわけだし、何もそこまで思いつめることもあるまい。
気を取り直したクローディアは、皆が用意してくれた祝勝会を存分に楽しんだ。
翌日は休みだったので、ルーシーお勧めの恋愛小説を堪能したり、ソフィアやジャックと戯れたりしながら一日のんびりするつもりだったが、午後になって意外な人物がラングレー邸を訪れた。
「お嬢様、宮廷魔術師団長のアシュリー・ラフロイ侯爵がお見えです」
侍女のサラが緊張した声でそう告げた。
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