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47 見たのは君だけなんですね?

 皆と共に学院に帰還したクローディアは、すぐに救護室で治療を受けた。幸い魔力切れは大したものではなかったらしく、じきに症状は治まった。もっとも念のため今日一日は魔法を使わず安静にするようにとのこと。

 ちなみにクローディアたちが助けた下級生はすでに治療を終えており、いずれも大事に至らずに済んだらしい。早いうちに救護室に運んだのが功を奏したということで、あと少しでも遅かったら後遺症が残っただろうと言うのだから、クローディアとしても皆を先に行かせた甲斐があったというものだ。


「本当に良かったですわね、クローディア様」

「ええ、ルーシー様がくださったポーションのおかげですわ。それからエリザベス様も、ここまで運んでくださってありがとうございました」

「フン、ひとつ貸しにしておくわ」

「しかしまあ、無茶をしたけど結果的には良かったよな。これでもう宮廷魔術師入りは間違いなしだろ」

「まあ、ライナス様もそう思われます?」

「ああ。もともと宮廷魔術師団は邪神対策のために創設された組織だし、邪神の眷属を退治した英雄を放っとくわけがないだろう。俺たちもその協力者ってことになるから、父上が親戚中に自慢するのが目に浮かぶよ。ルーシー嬢もこれで奨学金獲得のための実績としては十分過ぎるくらいじゃないか?」

「でも、私は大したことはしていませんのに」

「なにを言ってるんですの。ルーシー様の奨学金は当然ですわ。それにエリザベス様も、これで次期当主の座は決まったようなものですわね」

「だからそれは最初から決まってるって言ってるでしょ!」


 皆で和気あいあいと語り合っていると、ユージィンが救護室に戻ってきた。彼は学院に事情を説明するために席を外していたのである。


「なんだかずいぶん盛り上がってたな。廊下にまで声が聞こえたよ」


 ユージィンは笑いながら言ったあと、「クローディア嬢はもうすっかり回復したようでなによりだ」と言葉を続けた。


「ええ、おかげさまで、もうなんともありませんわ」

「それは良かった。――ところで、先生方が助けに来なかった理由についても聞いてきたよ。なんでもモートン先生は学院長の極秘任務を請け負っていて、本部を離れていたらしい」

「極秘任務、ですか」

「ああ。そして他の先生がたは、別の場所で巨人に襲われた生徒たちを救出するのにかかりきりだったそうだ」


 ユージィンが聞いたところによれば、クローディアたちが下級生の救援信号を目撃するより以前から、学院本部には「正体不明の巨人に襲われている」という救援信号がひっきりなしに寄せられていたということだ。

 教師たちはそれぞれ救援に駆け付けたはいいものの、巨人に全く歯が立たずにひたすら防戦一方だったが、あわやというところで巨人たちは突然攻撃を止めて、いずこ彼方へと立ち去った。その時刻はライナスが「十二体の巨人がこちらに向かっている」と探知した時刻とちょうど一致していることからして、クローディアのもとに現れたのと同一の巨人である可能性が高い。

 おそらく巨人たちはそれぞれ別の場所に現れて手近な生徒を襲っていたが、仲間の一体がクローディアに倒されたことを感知して、目前の獲物よりもクローディアを排除するのを優先したということだろう。


「巨人たちがいなくなったあと、先生方は魔力切れで動けない生徒たちを抱えて現地と救護室を往復する作業に忙殺されていたらしい。その途中で君が巨人たちと交戦中であると知らされたけど、本部にモートン先生が不在だったことから、『一番戦闘力のあるモートン先生が助けに行ったんだろう』と思い込んでいたそうだ。自分たちが行っても足手まといにしかならないし、それより魔力切れの生徒たちの救助を優先した方が良いと思っていたと」

「つまり責任者が不在だったために連絡ミスが起きたということですか。まあ、そういう事情なら仕方ないかも知れませんわね……」


 無防備な状態の生徒たちが闇の森のあちこちに取り残されている状況では、そちらの方に意識が向かうのも無理はない。だからクローディアとしても、他の先生方を責めるつもりはない。

 責められるべきは、代理も立てずに本部を放り出していた実践演習の責任者、ハロルド・モートンただ一人だ。


(そもそも学院長の極秘任務って、なんか胡散臭いのよね。原作にはそんなエピソードはなかったし、口実として学院長の名前を使ってるだけじゃないかしら)


 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』によれば、王立学院の学院長ケイト・エニスモアはリリアナの母アンジェラと学院時代からの親友で、リリアナのことを実の娘のように可愛がっている設定だ。作中では「今回だけですよ」と言いながら毎回のようにリリアナの規則やぶりを見逃したり、リリアナとアレクサンダーの二人に用事を言いつけて、デート紛いのシチュエーションを提供したりする、いわゆる「便利キャラ」である。

 モートンとはリリアナの教育方針を巡って日ごろから意見を交わす関係で、単なる学院長と学院教師という枠を超えて親しく交流しているようだし、そのモートンから頼まれれば、口裏を合わせるくらいのことはする。

 極秘任務がただの口実だとしたら、モートンは一体どこでなにをやっていたのか。

 考え込むクローディアに、ユージィンが「どうかしたのか?」といぶかし気に問いかけた。


「いえ、なんでもありませんわ。ただちょっと、その……」


 まさか前世の記憶を持ち出すわけにもいかず、クローディアは「その……ラフロイ侯爵はどうなさったのかと思いまして」と誤魔化した。


「なんと言っても現役の魔術師団長なわけでしょう? この通り緊急事態なわけですし、学院にいらっしゃるなら巨人を倒すのを手伝って下さってもよろしいのに、なんて考えてしまいましたの」

「ラフロイ侯爵は騒ぎが起きる直前に王宮に帰ってしまったんだ。なんでも緊急の呼び出しがあったらしい」

「え、じゃあ採点は」

「モートン先生ということになる」


 愕然とするクローディアに対し、ユージィンは「大丈夫だよ」と安心させるように微笑んだ。


「さすがに邪神絡みの化け物を倒したとなれば、魔術師団に報告しないわけにはいかないだろう。君の活躍はちゃんと魔術師団に伝わるはずだ」

「そうでしょうか。正直言って、モートン先生は――」


 そのときノックの音が室内に響いた。てっきり所用で席を外していた治療師が戻ってきたのだと思って返事をすると、入ってきたのは話題になっていた学院教師、ハロルド・モートンその人だった。




「ラングレー嬢、魔力切れを起こしたと聞きましたが、今から聞き取りに応じることは可能ですか?」


 ハロルド・モートンは開口一番そう言った。救護室にいる生徒に対して「大丈夫か」の一言もない辺りが実にモートンらしいなと思いつつ、クローディアは「ええ、もう治療は終わりましたから問題ありませんわ」と返答した。

 その後は問われるままに、これまでの経緯を説明した。


 救援信号を見て駆け付けたら十メートル近い巨人が下級生たちを襲っていたこと。

 風魔法で四肢を切断して巨人を行動不能にしたこと。

 念のため頭部を破壊したこと。

 その後下級生たちを救護室に運ぼうとしているところに、他の巨人たちが集まってきたこと。

 自分は巨人の足止めのためにその場に残ると申し出たこと。

 一人で十二体の巨人を相手に戦ったこと。

 全ての巨人を破壊したが、しばらくすると再生したこと。

 攻めあぐねていたところにユージィンたちが戻ってきたこと。

 巨人は邪神絡みの怪物ではないかと推測し、ユージィンに弱点を見つけて欲しいと頼んだこと。

ユージィンから巨人のうち一体の鳩尾の右側部分が光っていると教えられ、そこを破壊したら全ての巨人が崩れ落ちたこと。


 聞き終えたモートンは、くいと眼鏡を持ち上げながら「再生ねぇ」と皮肉な口調でつぶやいた。


「その再生とやらを見たのは君だけなんですね?」

「ええ。先ほど申し上げた通り、その場にいたのは私だけですから」

「なるほどね、良く分かりました」

「……なにがおっしゃりたいんですの?」

「いえ、別に? 単なる事実確認ですよ。――それでは」


 モートンはせせら笑うように言うと、ドアの向こうに立ち去った。

 遠ざかる靴音を聞きながら、ライナスが吐き捨てるようにつぶやいた。


「なんだあれ、感じ悪ぃな」

「ええ、まるでクローディアさんが嘘をついたって言わんばかりじゃないの」

「モートン先生がクローディア様に当たりがきついのは前から感じていましたけど、あの言い方はさすがにどうかと思います……」


 エリザベスとルーシーも同調する。一方、ユージィンは無言のまま、なにごとかを考え込んでいるようだった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
モートン何で首になんねえかなって思ってたけど、 国王どころか学院長ともグルならそりゃそうか
魔法実践演習なんて危険がある行事の責任者が若手教師って…。それはまだしも、その大事な行事の最中に極秘任務。あり得ない。魔法科って教師がモートンだけって事ないですよね?モートンに指導教師が必要でしょ…。
まあ普通に虚偽って自己判断しなんならゴーレムの起動も主人公のせいにするな贔屓するゴミのような自称教育者ってのはそういうもんだ
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