46 かつて目にした光景
「殿下、なぜここに――」
皆まで言い終わらぬうちに、クローディアはきつく抱きしめられていた。
「無事で良かった……」
かすれた声で、そんな言葉が聞き取れる。どうやらクローディアを心配してここまで戻ってきてくれたらしい。
ルーシーや他の仲間はどうしているのか、下級生たちはどうなったのか、聞きたいことはたくさんあったが、とりあえず今言うべきことはひとつだけ。クローディアがユージィンに伝えるべきことはひとつだけだ。
「あの、腕を緩めてください」
クローディアがそう口にした途端、ユージィンは弾かれたように腕を離して距離をとった。
「す、すまない。女性に対して私はなんてことを……!」
「いえ、殿下が純粋に心配して下さっていたことは分かってますから、気になさらなくて大丈夫ですわ」
ただ吐き気があるときに身体を締め付けられると、とんでもなく不敬なことになりかねないので、思わず注意しただけである。
「いや、本当に申し訳ない。私はけっして、その」
普段は冷静なユージィンが真っ赤になって弁解する姿は、なんだか少し可愛らしい。
「本当に気になさらないでください。それより助けてくださってありがとうございました」
恐縮頻りのユージィンから視線を逸らすと、巨人たちがみちみちに群がって、こちらを見下ろしているのが目に映る。クローディアたちを攻撃しようとするものの、結界に阻まれて届かない。
「これは殿下の結界ですの?」
「ああ、とりあえずの急場しのぎだ。エリザベス嬢のようにはいかないから、そう長くは持たないけどな」
「そのエリザベス様たちは、今どこに――」
「まあ、ちゃんと生きてたわね、クローディアさん!」
「ああ、やっと追いついた。無事だったんだな、クローディア嬢」
そこにエリザベスとライナス、続いてルーシーが合流してきた。単に強化能力の差でユージィンが先行していただけだったらしい。
「クローディア様、ポーションです。近くに落ちていたので回収してきました」
ルーシーは到着するなり駆け寄って、クローディアにポーションを差し出した。受け取って一気に飲み干すと、諸々の不快感が淡雪のように溶けていく。
「――ああ、生き返りましたわ!」
ようやく人心地ついたクローディアが笑み浮かべると、ルーシーが泣き笑いのような表情を浮かべた。
「クローディア様、無事でよかったです!」
涙声で喜ぶ友人に胸がじんわりと熱くなる。
「クローディア様一人に無理をさせてしまって申し訳ありません。学院の近くで別のグループに会ったので、下級生たちを託してきたんです」
「それですぐに戻ってきてみたら、巨人たちがみっちみちに群がってるから肝が冷えたぜ」
「貴方の姿は化け物の陰になって見えないし、もうとっくに死体になったかと思ったわよ!」
ライナスとエリザベスが言い添える。いつの間にやら、学院近くまで行って帰ってこられるくらいの時間を稼いでいたようだ。
「皆さま、ご心配をおかけしました。この通りピンピンしてますわ! ……と言いたいところですけれど、実は結構危なかったんですの。十三体の巨人をなんとか倒し切ったと思ったら、次々に復活してしまいましたのよ。いくら倒してもきりがなくて、もう本当に参ってしまいますわ!」
クローディアが肩をすくめて見せると、一同は愕然とした表情を浮かべた。
「え、マジかよ……」
「嘘でしょ、最悪じゃないの……」
「そんな……それでは一体どうしたら」
「みんな落ち着け、とりあえずなにか対策を」
蒼白になる仲間たちに対し、クローディアは「あ、いえ、大丈夫ですわ!」と慌てて言葉を続けた。
「これは私の勘ですけど、おそらく十三体の巨人のどこかに再生のための核があるんです。それさえ潰せば、倒し切ることができますわ」
「でも、それがどこにあるのか分からないんでしょ?」
「私には見当もつきませんわ。ですがアスラン王の血を引いておられるユージィン殿下なら、きっとお分かりになりますわ」
「私なら?」
ユージィンは怪訝そうに聞き返したあと、はっとしたような表情を浮かべた。
「もしかして……あれは邪神の眷属ということか?」
「ええ、その可能性が高いんじゃないでしょうか」
「そうか……そうだな。確かにあれは普通の魔獣ではないようだし、その可能性はあるだろう。しかし、それで女神の加護か……」
ユージィンは戸惑った表情を浮かべたものの、「分かった。できるかどうかは分からないが、やってみよう」と力強くうなずいた。
そして結界の外を振り仰いだわけだが、あいにく状況はそれ以前の問題だった。巨人たちは結界の周囲に群がって重なり合っているために、女神の加護があったところで探しようもないのである。
エリザベスが結界を張りなおしてじりじり広げていくものの、やはり限度があるようだ。
「俺、ちょっと行って散らしてくる」
ライナスは軽い調子でそう言うと、身体強化を展開させて、エリザベスの結界から飛び出した。
そして捕まえようとする巨人たちの間をすり抜け跳躍し、皆の居る場所から距離を取る。すると何体かの巨人が反応し、結界から離れてあとを追った。
「あ、あの、私も」
「馬鹿言わないで! ルーシーさんは結界を広げるのを手伝ってちょうだい。これ一人でやるの結構大変なんだから」
「分かりました!」
エリザベスとルーシーが結界を強化する一方、ユージィンは若干ましになった状況で、ひたすら巨人たちの観察に注力した。
「……見当たりませんか?」
「いや……ちょっと待ってくれ。……あの右端にいる巨人の鳩尾の少し右の方が、ぼうっと光っているように見えるんだが……」
「鳩尾の少し右の方、ですか」
「ああ、この辺りだ」
ユージィンは自分の身体を示して言った。
「この辺りですわね、了解ですわ!」
「いや待ってくれ、私がやる。君は休んだ方が良い」
「お気持ちはありがたいのですが、これは私がやるべきことです。――なんといっても宮廷魔術師入りがかかってるんですもの。アピールするための実績を作らせてくださいませ!」
クローディアはそう言って、おどけた風に笑って見せた。
ユージィンの心配はありがたいが、アーティファクトを使わずに巨人を破壊できるのは、クローディアを除けばリリアナくらいのものだろう。ユージィンも王族に相応しい魔力を有しているが、そこまでの破壊力はおそらく、ない。
言外の意味を悟ったのか、ユージィンが歯がゆそうに唇を噛んだ。
「ユージィン殿下は私が魔法を放つ間、結界の強化をお願いします。成功したら、巨人たちがこの上に崩れ落ちて来ますので」
「分かった。――ライナス! 危険だから離れてくれ」
ユージィンの指示に従い、ライナスが巨人たちから距離をとる。
クローディアは彼が十分に離れたことを確認してから、指示された場所に爆炎魔法を叩き込んだ。
狙いたがわず、「その部分」が閃光と共に弾け飛ぶ。
同時に十三体の巨人たちは一斉にぴたりと動きを止めた。
(効いた……?)
クローディアたちが固唾をのんで見守る中、巨人たちのうち一体がぐらりとよろめいた、次の瞬間、十三体の巨人たちは糸の切れた操り人形のようによろめいて、次々とこちらに倒れ掛かってきた。
巨体がぶつかる衝撃で結界がびりびりと振動し、粉塵が舞い、地面が揺れる。
もうもうと立ち込める土埃がようやくおさまったあと、クローディアの眼前に広がっていたのは、かつて目にした光景だった。
(ああ、漫画と同じだわ、これ)
――――別に、なんか光ってるところがあったから、とりあえず壊してみただけよ。
壊れた人形のように横たわる十三体の巨人たち。
漫画内では主人公リリアナが起こした奇跡を、悪役であり、踏み台である自分たちが成し遂げた、その事実に、思わず歓喜が沸き起こる。
「やった! やりましたわ!」
歓声を上げるクローディアに、エリザベスとルーシーが抱き着いてきた。
「やったわね! クローディアさん!」
「クローディア様、凄いですわ!」
「やったな、クローディア嬢!」
ユージィンも満面の笑みで言ってから、「――それで、身体の方は大丈夫か?」と心配そうに問いかけた。
「ええ、これくらい余裕ですわ!」
若干ふらつく感じはあるが、一時期のような不快感はない。やはりルーシーのポーションは優秀だ。
皆と共に喜び合っていると、ライナスが結界の中に戻ってきた。
「ライナス、怪我はないか?」
「かすり傷一つありませんよ」
「そうか、良くやってくれた。君のおかげですぐに弱点を見つけられたよ」
「とんでもありません、俺は当然のことをしたまでです」
「エリザベス嬢もルーシー嬢も、本当に良くやってくれた。ここで巨人を倒せなければ、被害は学院中、いや国中に拡大していただろう」
「もったいないお言葉です。私はただブラッドレー公爵家次期当主として当然のことをしたまでですわ」
「私は大したことはできませんでしたけど、少しでもお役に立てたなら幸いです」
「それから、クローディア嬢」
ユージィンはクローディアの方に向き直った。
「君が戦ってくれなければ、国中に多くの死者が出たはずだ。邪神の被害から民を守ってくれたことに対し、この国の王族として心から君に感謝する」
ユージィンはクローディアの前に片膝をつくと、その手を取って、甲に恭しく口づけた。
それは王族が一介の伯爵令嬢に示す最大級の敬意だった。
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