44 巨人たちとの戦い
それからしばらくの間、クローディアは十一体の巨人を相手に激しい戦闘を繰り広げた。襲い来る拳を身体強化による跳躍でかわし、踏みつぶそうとする足を結界で受け止め、その合間に爆炎魔法を放って両手両足を粉砕し、額の宝石を破壊する。その繰り返し。
(当たり前だけど、結構きついわね、これ。原作のリリアナは本当にこんなことやっていたのかしら)
クローディアは一体一体破壊しながら、リリアナが巨人と対峙したシーンを改めて思い返した。
原作における巨人たちは、魔法実践演習の半年後、邪神クローディアの呼びかけに応える形でそろって地上に姿を現す。といっても出現場所は学院付近の闇の森ではなく、切り立った山脈の向こうに広がる辺境伯領の一角だ。
辺境の村々を蹂躙して暴れまわる巨人たちを、辺境伯率いる辺境騎士団と辺境魔術師団が迎え撃つわけだが、巨人の固い身体は騎士たちの剣を跳ね返し、魔術師たちの攻撃魔法も歯が立たない。唯一有効だったのは、辺境伯家に代々伝わる大型魔獣用の武器――複数人で魔力を込めて使用する大砲型のアーティファクトのみ。
そこで辺境伯はもとより、騎士団に魔術師団、さらには領民たちのなけなしの魔力までかき集めては砲撃し、多くの犠牲を払いながらもなんとか全て破壊して、「やった、化け物を倒したぞ!」と勝利に沸いたのも束の間。あろうことか、破壊したはずの巨人たちはあっさり再生してしまう。その後はもうなすすべもなく、一方的に蹂躙されるばかりの地獄絵図。
一向に数の減らない巨人たちの巨大な拳に叩き潰され、巨大な足に踏みつぶされ、ついには虎の子のアーティファクトまでもが破壊され――そんな絶望的な戦いのさなか、指揮を執る辺境伯の前に颯爽と現れたのがストロベリーブロンドの愛らしい少女――言わずと知れた我らが主人公、リリアナ・エイルズワースである。
――こんにちは! 皆さんを助けに来ました!
リリアナは無邪気な笑顔で宣言すると、「危ないから下がっていて下さい」と言う辺境伯を尻目に、最前線に向かって駆け出していく。辺境伯は慌てて後を追うものの、総崩れになって敗走する部下たちに巻き込まれて王女の姿を見失ってしまう。
そしてようやく部下たちを振り切って、リリアナに追いついた辺境伯は、眼前に広がる光景に思わず言葉を失った。彼の目に映るのはばらばらになって横たわる十三体の巨人と、逆光の中、無傷でたたずむリリアナの姿。
その後巨人たちが再生することはなく、一体どうやったのかと問いかける辺境伯に対し、リリアナ・エイルズワースは困ったように肩をすくめて、こう言うのだ。
――別に、なんか光ってるところがあったから、そこを狙ってみただけよ。
辺境伯はこの日を境にリリアナに心からの忠誠を誓い、「マッチョイケメン」好きな一部の読者を狂喜させることになるのだが――まあそんなことはどうでもいい。
問題は、原作がここで「脇役視点で主人公の凄さを読者に印象付ける」手法を採用しているために、リリアナが具体的にどうやって巨人たちを倒したのかがさっぱり分からない点である。
唯一の手掛かりはリリアナの「なんか光ってるところがあったから、そこを狙ってみただけよ」という科白のみ。
だからこうして額の宝石をせっせと粉砕しているわけだが、どうにも違和感がぬぐえない。
(あの言い方からして、なんとなく反射じゃなくて自分から発光してるものだと思ってたわ。それに再生核を壊したら自動的にばらばらになるのかと思ってたけど、そういうわけでもないのよね……)
試しに宝石を粉砕するだけに留めて、しばらく放置してみたが、巨人たちはそのまま暴れ続けるので、やはり手足は別個に破壊する必要があるようだ。十三体分の巨人相手にそれをやるのは、魔力の有り余っているクローディアにとっても、結構な重労働である。クローディアより魔力の劣るリリアナが、あんな短時間で簡単に成し遂げられるものだろうか。
まあリリアナの場合は、辺境騎士団や辺境魔術師団が実質的な囮になってくれたので、今のクローディアのように攻撃をかわしながら戦う必要はなかったし、半年の間に彼女が急成長したと考えれば、一応辻褄は合うのだが――。
釈然としないものを抱えつつ、なんとか全て倒し終えたクローディアは、そのまま地面に座り込んだ。
「あーもう、さすがに疲れたわ……」
もう指一本動かしたくない心境だが、まさか魔獣のいる森のど真ん中でくつろぐわけにもいくまい。本格的な休憩をとるのは、学院に帰還してからの話である。
(あの下級生たちは、そろそろ学院に着いたころかしらね。後遺症が残らないと良いんだけど)
そんなことを考えながらポーションの蓋を開けようとしたところで、ふいにおぞましい気配を覚え、クローディアは横っ飛びに跳躍した。
間一髪、クローディアが立っていたところに、巨大な拳が突き刺さる。
距離を取ってから振り返ると、そこにはついさっき全滅させたはずの巨人が一体、傷一つない姿でクローディアを見下ろしていた。
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