40 ルーシーの覚悟
その後も五人は順調に狩りを進めて行った。オークにトロール、ミノタウロスにコカトリス、等々。途中でエリザベスが転んで足をくじくというハプニングがあったものの、ポーションのおかげで事なきを得た。
そして大型魔獣を四十頭余り仕留めたところで、ユージィンが休憩を宣言した。
「疲れた状態で戦うのは怪我のもとだ。少し遅くなったがここで昼食にしよう」
懐中時計を取り出してみれば、すでに一時を回っている。
「まあ、もうこんな時間でしたのね。夢中になっていて気づきませんでしたわ」
「そうね、ライナスが次から次に魔獣を探知するせいで、休むタイミングを逃してしまったわ」
「そこは褒めるところだろ……」
エリザベスが防御結界を張った木陰にシートを広げ、各自が持参したランチボックスを開けていつもより豪華な中身を並べると、ちょっとしたピクニック気分である。
木々を渡る風は心地よく、果実水が疲れた身体にしみわたる。美味しい食事を楽しみながら、五人は今日の成果について和気あいあいと語り合った。エリザベスの話によれば、今の時点でもう去年の優勝メンバーの成果を超えているそうで、優勝自体は決まったのも同然だとのこと。
「ですが『ぶっち切りの優勝』のためには、あと二十頭くらいは追加したいところですわね」
「刻限にはまだ大分あるし、それくらいなら余裕でしょ。ああ、もちろん魔獣が見つからなければどうしようもないけれど。――ライナス、随分飛ばしていたようだけど、まだ探索魔法は使えるんでしょうね」
「その辺はちゃんと調整してるに決まってるだろ。刻限まで余裕で使えるよ。お前の方こそ、すっころんだときの足首の具合はどうなんだ?」
「すっころんでないわよ。ちょっと足を踏み外しただけよ! 足首はもうなんともないわ。ルーシーさんのポーションが効いているみたい」
「へえ、ルーシー嬢は専門に修業したわけでもないのに大したもんだな。プロ顔負けの実力じゃないか?」
「そうね。ちゃんと修業を積めば一流の薬師にだってなれると思うわ」
従弟同士の何気ないやり取りに、ルーシーが横から口を挟んだ。
「――あの、それは本当ですか? 私は真面目に修行したら、薬師としてやっていけるでしょうか」
「え? ええ、私は嘘は言わないわよ」
「俺も本気でそう思ってるけど、君は卒業したらフィリップ・エヴァンズと結婚するんじゃなかったか?」
「フィリップ様とは結婚したくないのです。だから一人でも生きていける道を見つけたいのです」
ルーシーはきっぱりとそう言った。
大人しいルーシーの大胆な発言は、クローディア以外の三人に結構な衝撃を与えたらしく、しばらくその場に沈黙が下りた。
「……まあ確かに、リリアナ殿下の取り巻きをやってるような婚約者は嫌よねぇ」
「ああ。リリアナ殿下に心酔するのは勝手だが、婚約者への配慮がなさ過ぎるもんな」
ややあって、エリザベスとライナスがそれぞれ共感の意を示した。
「しかしアンダーソン伯爵が認めるとは思えないが、その辺りはどう考えているんだ?」
ユージィンが問いかける。
「父に言ったら、たぶん勘当されると思います。勘当された貴族の娘が一人で生きて行くのは大変なことは分かっていますが、それでも私はどうしても、あの方と結婚したくないのです」
「そうか。そこまで覚悟の上なんだな……。それならいっそ王立大学に進んで、上級薬師の資格を取ったらどうだろう」
「上級薬師、ですか」
「ああ。君の言う通り、勘当された貴族女性が市井でやっていくのは大変だが、上級薬師なら引く手あまただし、多少経歴に難があっても仕事に困ることはないはずだ」
「ですが私、お金があまり――」
「奨学金を貰えばいい。条件は王立学院の成績優秀者であることと、学院在学中になんらかの実績をあげること、成人貴族の推薦人がいることだが、君は成績優秀者だし、今回優勝できれば実績の方も問題ないだろう。あとは推薦人だが、誰か君の親族で、引き受けてくれそうな人物はいないか?」
「……可愛がってくれる伯父や叔母はいますが、引き受けてくれるかどうかは」
「大丈夫ですわ、ルーシー様、私が父に頼んでみます。父は私にお友達ができたことを涙ながらに喜んでましたから、きっと協力してくれますわ!」
クローディアの提案に、ルーシーは「そんな、ラングレー伯爵にご迷惑をおかけするわけには――」と戸惑いの声を上げる一方、ライナスは「ラングレー伯爵も色々気苦労があるんだろうな……」と同情気味につぶやいた。
「なあ、ラングレー伯爵にこれ以上負担をかけるより、俺が父上に頼んでみようか。魔法実践演習で優勝したらなんでも言うこと聞いてやるって言われてるから、多分断らないと思う。父上は自分が学院時代にぎりぎりで優勝を逃したのを未だに悔しがっててさ」
「それは結構なお話ですけど、ライナス様は殿方ですから、世間から変な風に勘繰られる恐れがありますわ。ルーシー様がエヴァンズ様からライナス様に乗り換えた、とかなんとか。ですからここはやっぱり――」
「ああもう、ごちゃごちゃ面倒くさいわね!」
そこにエリザベスが割って入った。
「父親に頼むとか、優勝のご褒美だとか、そんなまどろっこしい真似をする必要がどこにあるのよ。推薦人ならこの私、次期公爵家当主たるエリザベス・ブラッドレーがいるじゃないの。ルーシーさんが進学する頃には、とっくに成人済みだもの!」
エリザベスの言葉に、他の四人は思わず顔を見合わせた。
――そういえば、エリザベスは一学年上だった。本人の言動が子供っぽいので、うっかり失念していたが。
「ですが、よろしいのですか? 私の推薦人になったら、アンダーソン伯爵家のみならず、エヴァンズ侯爵家をも敵に回すことになりかねません」
「まあ、くだらないこと言わないでちょうだい。たかがエヴァンズごとき、我がブラッドレーの敵ではなくてよ!」
「きゃあ、格好いいですわ、エリザベス様!」
「お前の尊大さを格好いいと思う日がくるとは思わなかったぜ!」
クローディアとライナスが囃し立てると、エリザベスは「うるさいわよ二人とも!」と顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「ありがとうございます、エリザベス様。なんとお礼を申し上げて良いか」
「フン、私に恥をかかせないように、せいぜい精進することね」
「良かったですわね、ルーシー様。ルーシー様ならきっと素晴らしい薬師になれますわ」
「ありがとうございます、クローディア様。クローディア様がいらっしゃらなかったら、家を出て薬師を目指そうなんて思いつきもしませんでしたわ。あのままなにも考えずにフィリップ様に嫁いで、鬱々とした日々を送っていたと思います」
「そんなことにならなくて良かったですわ。あの男にはルーシー様は勿体なさ過ぎますもの」
ひとしきり喜び合ったあと、クローディアは他のメンバーを見回して「――これで全員に将来の目標ができたわけですわね!」と満面の笑みを浮かべて言った。
「全員?」
ユージィンが怪訝そうに聞き返す。
「ええ、私は宮廷魔術師で、ルーシー様は上級薬師。エリザベス様は公爵家当主」
「私のは目標じゃなくて確定事項よ! ダミアンが跡取りになるとかあり得ないから!」
「――そしてユージィン殿下は国王陛下。ライナス様はその右腕の宰相」
クローディアがそう口にした瞬間、それまでの和気あいあいとした空気がぴんと張り詰めた。