4 父の見舞い
クローディアがスープを飲み終えたころ、父親のラングレー伯爵がクローディアのもとを訪れた。記憶にあるよりも若干老け込んでおり、いかにも憔悴した様子である。
「やっと目が覚めたと聞いたが、具合はどうだ」
「もうなんともありませんわ」
「そうか、良かった。本当に良かった」
そう言って涙ぐむ父の姿に、クローディアはじんわりと胸が熱くなるのを感じた。
物心つく前に母を亡くしたクローディアは、幼いころは父に甘えてばかりいた。しかしクローディアが九歳のとき、父が義母ヘレンと再婚したことをきっかけに溝ができていたのである。
――どうせお父様は私なんかよりあの女の方が大切なんでしょ!
――お父様はもうお母様のことなんか忘れちゃったんだわ!
クローディアは歩み寄ろうとする父の手をはねつけ、徹底して拒否を貫いた。父はあくまで世間体のために気遣っているふりをしているだけで、本心では自分のことなど邪魔なのだろうと頑なに思い込んでいた。
しかし今のクローディアは知っている。邪神と同化したクローディアを救おうと必死になって駆けずり回っていた父の姿を。
(邪神に魅入られた娘なんてさっさと見捨ててしまえば没落は免れたかもしれないのに、お父様ったらなんとか娘を助けてくださいと各方面に手を回して、必死でリリアナとアレクサンダーの邪魔をしていたのよね)
「お父様にはご心配をおかけしました」
クローディアが頭を下げると、父は驚いたように目を見開いた。
「いや、それはいいんだが……もしかしてなにかあったのか? その、落雷で気を失う前から少し様子がおかしかったから、ずっと気になっていたんだが」
「実はアレク様に言われたことがショックで、色々と取り乱していたのです」
「アレクサンダー君に?」
「はい」
クローディアはアレクサンダーに吐かれた暴言を洗いざらい打ち明けた。
事情を聞いた父は「アレクサンダー君が、そんなことを……」と呟いたきり絶句していた。
無理もない。クローディアは今まで彼に冷たくされていることを一切父に打ち明けておらず、たまに「アレクサンダー君とはうまくいっているのかい?」と訊かれたときは「当たり前です!」と冷たく答えるだけだったのだから。
「だから私はアレク様との婚約を解消したいと思います」
「婚約解消? しかしお前はあんなに彼のことを」
「好きでしたが、あそこまで言われてすっかり思いが冷めました。あんな人と結婚しても、幸せになれるとは思えません」
「そうだな、確かにその通りだ。その通りなんだが、しかし……」
「解消は難しいのですか?」
「ああ。なにしろ公爵家との正式な契約だからな。我々の側から申し出ても、なにか正当な理由がないとなかなか難しいと思う」
父が言うには、常日ごろから罵っているならともかく、一度きりの暴言というのは解消理由としては弱いらしい。他の女性と親しくしすぎているのは問題だが、相手が王女殿下である以上、下手なことを言うとこちらが不敬罪になりかねないとのこと。
「しかしお前の気持ちはよく分かった。なんとか解消できないか動いてみるよ」
「ありがとうございます、お父様。それから、突き飛ばしたりしてごめんなさい」
「そんなことはどうでもいい。お前がそこまで思いつめていたのに、気付いてやれなくてすまなかったな」
思いやりに満ちた声に、クローディアは再び胸が熱くなるのを覚えた。
(婚約者はアレだったけど、家族には恵まれてるわよね、私)
クローディアはしみじみとそう思った。