39 順調な滑り出し
実践演習当日の朝。主催者である学院長に続いて来賓のラフロイ侯爵が登壇し、参加者の前で祝辞を述べた。
ラフロイ侯爵は前世の記憶にある通りのいかめしい顔つきの老人で、「この演習が王立学院の創立以来一度も途切れずに続いているのはまことに喜ばしいことである」「創立者であるアスラン王もきっとお喜びのことだろう」といった内容を原稿も読まずに熱弁した。クローディアは「この人物に己の命運がかかっている」という思いから熱心に傾聴していたが、周囲の生徒たちは退屈している者が多かった。
そして型どおりのセレモニーが終わると、合図の角笛が吹き鳴らされ、生徒たちは三々五々に森の中へと散って行った。クローディアも仲間と共に森の奥へと向かおうとしたとき、ふいに甘く澄んだ声が斜め後ろから響いてきた。
「ねえ、みんな、あそこに一角兎がいるわ!」
振り返るとリリアナが兎型魔獣を追って元気よく駆け出したところだった。続いてアレクサンダーを始めとする生徒会メンバーが「待ってくださいリリアナ様!」「リリアナ様、一人では危険です!」と叫びながら、慌てて後を追って行く。
(やっぱり原作通りだわ)
この後彼らは立ち入り禁止区域に入り込み、秘密の入口へとたどり着くのだろう。そして演習のことなどそっちのけで、地下迷宮での冒険を楽しく繰り広げるのだろう。
クローディアがほくそ笑んでいると、「なによそ見してるのよ、置いていくわよ!」「クローディア様、参りましょう」という声が横から飛んできた。
「ごめんなさい、今行きますわ!」
クローディアは気持ちを切り替えて、急いで仲間たちのあとを追った。
それからしばらくの間、クローディアたち一行は目的地まで道なき道を突き進んだ。学院付近では騎士団と魔術師団が定期的に狩りをしているので、あまり大型魔獣は残っていない。高得点を狙うには、闇の森の奥深くまで分け入る必要がある。
歩き続けて背中がじっとりと汗ばんできたころ、一行はようやく予定していた最初の狩りポイントに到着した。
「それじゃライナス、頼む」
「はい、殿下」
ライナスは大岩の上に登ると、得意の探索魔法を展開させた。
そしてしばらく無言で魔法に集中していたが、やがて興奮した面持ちで、「ここから一キロほどの地点に大型魔獣の気配がします!」と報告を上げた。
「これは魔狼ですね。一、二……五頭います」
「魔狼五頭か。初めての相手としてはハードだが、このメンバーなら大丈夫だろう。みんな、魔狼の特徴は覚えているな?」
「はい」
四人が一斉にうなずいた。
魔狼は牡牛ほどの大きさがある狼型魔獣で、動きが速く聴覚が鋭い、物理耐性と魔法耐性は同程度、冷気に強いが熱には弱い、爪と牙には毒がある、群れる習性があり、大抵2~6頭で行動する、といった特徴が挙げられる。
エリザベスが五人の周囲に防音結界を張り巡らしてから、ライナスの指示する方向に向かって歩くことしばし。やがて前方の少し開けたところにそれらしき姿が見えて来た。
「まだこちらに気づいていないようだな。クローディア嬢、頼む」
「お任せくださいませ」
クローディアは右手をかざしてすうと息を吸い込むと、体内をめぐる魔力を右手のひらへと誘導し、魔狼たちに向けて爆炎魔法を解き放った。
気配を察した魔狼たちは、攻撃が到達する直前に四方に散ったが、こちらはその動きを想定したうえでの広範囲攻撃だ。避けようとするも避けきれず、魔狼たちは黒炎に包まれて絶叫した。
三頭は身をよじりながら絶命したが、二頭は炎を振り切って、こちらに向かって突進してくる。
「ちょっと火力が弱かったでしょうか」
「いや、十分だ。あれより強かったら森林火災が起きてしまう」
ユージィンは苦笑しながら言うと、前に出て魔狼たちを迎え撃った。
白刃が閃いた次の瞬間、二頭の首が胴体から切り離されて宙を舞う。身体強化魔法を使っているとはいえ、実に鮮やかな剣さばきである。
「お見事です、ユージィン殿下!」
一瞬の内に二頭を仕留めた早業に、ライナスが感嘆の声を上げた。
「クローディア嬢の炎のおかげで動きが鈍っていたから楽だったよ。それにルーシー嬢のポーションがあるから、毒の牙や爪を気にせずに思い切った攻撃ができるしな」
ユージィンは爽やかな笑みを浮かべて言った。
倒した魔狼はルーシーが学院から貸与されたスクロールを使って記録した。このスクロールは一種の魔道具であり、倒した直後の魔獣にかざして魔力を込めると、その種類や大きさなどを正確に記録してくれる。
「まずは五頭ですね」
ルーシーがスクロールを確認しながら微笑むと、クローディアも「ええ、開始一時間で大物が五頭って、なかなかのものじゃありませんこと?」と笑顔を返した。ライナスも「この分なら本当に優勝できるかも知れないな!」と高揚した声を上げ、エリザベスは「かも知れない、じゃなくて優勝するのよライナス!」と気を吐いた。
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