37 実践演習の下準備
それからしばらくの間、平穏な日々が続いた。
クローディアたちは毎日のように昼休みに落ち合って、食事を取りつつ実践演習について話し合った。エリザベスは毎回一番乗りで四阿に到着し、後から来たクローディアたちに「遅いわよ!」と文句を言うほどの熱心さを見せてくれた。
放課後は五人で手分けをして学院図書館の資料を調べ、闇の森に生息する魔獣についてのリストを作り、それぞれの特徴や弱点を確認し、頭の中に叩き込んだ。
物理攻撃には耐性があるが魔法攻撃には弱いもの。魔法攻撃には耐性があるが物理攻撃に弱いもの。熱に弱いもの。冷気に弱いもの。動きが速いもの。身体が固いもの。毒を持っているもの。幻覚を見せるもの――。予習をきちんとしておけば、その分余裕をもって対処できることは、通常の授業と変わらない。
それでも初めての実戦というのは不安なものだが、そこは演習経験者であるエリザベスの存在が大変心強かった。
エリザベスには去年の実践演習に取り巻きの女生徒たちと参加して、見事準優勝を果たした実績がある。彼女の語る「学院付近は小物しかいないから、高得点を狙うなら森の奥まで行かなきゃだめよ」とか「ポーションの瓶は割れないように保護魔法をかけておくべきよ。戦闘中に瓶が全滅しちゃって、リタイアしたグループが結構いたわ」といった経験談は皆から大いに重宝された。
ちなみにユージィンとライナスは去年は隣国に留学していたので参加できなかったし、ルーシーは自信がなくて不参加。クローディアは「アレク様、私とペアで参加しましょう!」とアレクサンダーに迫ったものの「友人たちと参加するから」と断られ、それでもあきらめきれずに単独参加してあとを追い、序盤で遭難して教師たちに救助されるという悲惨な結末を辿っているので、「学院から五キロ圏内で救援信号を出すと、大体五分くらいで先生が助けにきますのよ」という程度の情報しか提供することができなかった。
下調べが終わったあとは、薬学教室を借りてポーション作りを行った。皆で手分けして薬草をすりつぶして原液を作り、そこにクローディアやユージィンが七~八割がた魔力を注入したのち、ルーシーが最後の仕上げを施したものを担当教師に提出して、演習当日まで保管してもらうわけだが、出来たポーションはいずれも市販品に劣らぬ高品質だと薬学教師から太鼓判を押された。
そうやって演習に備える一方で、日々の授業も手を抜くことなく頑張った。おかげでクローディアはすっかり優等生の地位を確立し、数学では他の生徒ができなかった問題を「それじゃ、ラングレーさん、代わりに解いてみてください」と指名されるのが恒例となった。
モートンですら露骨に嫌味を言わなくなったが、それはクローディアを認めたからというよりも、魔法実践の一件で「クローディアに吹っ飛ばされた」という不名誉な噂が広まったために、関りを避けているだけだろう。
心地よい疲れと共に帰宅したのちは、ソフィアやジャックと遊ぶのがクローディアの新たな日課となった。金髪の天使や白い毛玉と思う存分戯れていると、心身ともに癒されて、悩み事や心配事は全て些事に思えるほどだ。
時々ソフィアの勉強を見てやることもあったが、ソフィアいわく「家庭教師の先生より分かりやすいです」とのことで、姉妹間の愛と信頼はいや増す一方だった。
義母ヘレンとはいっしょにドレスを仕立てたり、街に買い物に出かけたりする仲になった。「クローディア様はすらりとしてらっしゃるから、こういうデザインが映えると思いますわ」「最近はこういうのも流行りなので、こんな形で取り入れてみたらいかがでしょう」といったヘレンのアドバイスはどれも頷けることばかりで、新調したドレスに袖を通すのが今から楽しみなほどである。
屋敷の内装もヘレンのセンスで整えたらどうかと提案したところ、恐縮しつつも目を輝かせて喜んでいた。内装を整えるのは女主人の特権だが、ヘレンはそれを行使するのをためらっているようだったので、クローディアが後押しした形である。こちらの方も今から完成が楽しみだ。
一方、父は相変わらずリーンハルト公爵家に出向いては婚約解消の説得を続けているが、成果は芳しくないらしい。公爵夫妻からは「うちのアレクは思春期だから、ちょっと照れくさくて素直になれなかっただけなんだよ」「そうですわ。本当はクローディアさんのことが大好きですのよ」などと白々しいことまで言われたそうだ。
アレクサンダーがリリアナと共に邪神クローディアをためらいもせずにぶち殺したあと、「クローディアさんが可哀そうなの。みんなから嫌われて、一人ぼっちで死んでしまうなんて」とむせび泣くリリアナの肩を抱きながら、「まったく、リリアナ様は優しすぎる。あんな奴にまで同情してしまうんだから……」とつぶやく原作展開を知っている身としては、趣味の悪い冗談のような話である。
そのアレクサンダーはといえば、ぎこちない笑みを浮かべてクローディアに朝の挨拶をしたり、「荷物を持とうか」と声をかけてきたりしては、すげなくあしらわれて憤然と退場するの繰り返しだ。
彼も両親やリリアナに「クローディアとの関係を修復しろ」とせっつかれて辛い立場にあるのだろうが、いまだに「この俺がせっかく声をかけてやっているのに!」という態度が透けて見えるのは感心しない。クローディアはもはやアレクサンダーの好意など欠片も欲していないことを、いい加減理解してもらいたいものである。
フィリップはあの後も何度かルーシーの元に突撃して、課題をやってくれるように頼み込んできたものの、ルーシーに「申し訳ありません」「本当に申し訳ありませんが、お引き受けできません」と低姿勢ながらも毎回きっぱり断られるうち、そろそろあきらめてきたようだ。
エリザベスに嫌がらせをしていたジェイン・アデライドら一派はここ最近鳴りを潜めている模様。やはりエリザベスがクローディアやユージィンと同グループになったことが功を奏しているのだろう。
そんな風に日々を過ごしているうちに、実践演習のメンバーは自然と家名ではなく名前で呼び合うようになり、連帯意識も増していった。なるほど、実践演習にはそういう意義もあるのだろう。
そしてついに今日が最後の昼食ミーティングとなった。明日はいよいよ魔法実践演習本番である。
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