36 そんな女じゃなかったろ
「……なにがでしょう」
「君がそっち側に付くなんてさ。ルーシーはそんな女じゃなかったろ」
どこか拗ねたような口調でフィリップは言った。
「ここ最近ずっと変だったけど、もしかしてそこの女に強要されてんのか?」
「違います、クローディア様はそんな方ではありません!」
「いやいや、どう考えたってやりかねない女だろうよ。そりゃ見た目は大分マシになったけど――」
「エヴァンズ様、そういえば地理のレポートはどうなりましたの?」
クローディアが横から口をはさんだ。
「な……っ 地理は今関係ねぇだろ!」
「締め切りを過ぎても一週間くらいは受け付けてもらえますから、今からでも執筆に励んだ方が良いと思いますわ。生徒会役員が留年なんてことになったら、たぶん史上初ですわ」
「地理のレポートがどうかしたのか?」
アレクサンダーが訝しげに問いかける。隣のオズワルドも怪訝な顔をしているところを見ると、二人ともフィリップが学院の課題をルーシーに丸投げしていたことを知らなかったようである。フィリップはルーシーに頼れない以上、てっきり成績優秀者のアレクサンダーかオズワルド辺りに手伝ってもらうのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。
彼らは表向き友人関係ではあるものの、リリアナをめぐる恋のライバルとして、あまり弱みを見せたくないのかもしれない。
「リーンハルト様、大変申し上げ辛いことなのですけど、エヴァンズ様は生徒会から外した方がいいかもしれませんわ。だってエヴァンズ様は生徒会の仕事があまりに忙しすぎて――」
「アレクサンダー! こんな女の言うこと聞くことねぇよ。みんな、もう行こうぜ!」
フィリップが慌てて他のメンバーに促したので、彼らはようやく退散した。
魔法科準備室でユージィンが申込用紙を手渡すと、モートンは困惑の表情を浮かべつつも、大人しくそれを受け取った。彼もこのメンバーに思うところがありそうだが、さすがにユージィンが相手では嫌味を言うわけにもいかないのだろう。
準備室から出たあとで、クローディアは大きく伸びをした。
「ああもう、疲れましたわ!」
ライナスもやれやれとため息をつく。
「まったくだ。たかが届けを出しに行くだけで一苦労だぜ」
「あの、すみません、私がフィリップ様と揉めたせいで、皆様にお時間を取らせてしまって」
「まあルーシー様ったら。エヴァンズ様が一方的に絡んできたのが悪いんですから、ルーシー様が気に病むことじゃありませんわ。私もリーンハルト様に絡まれて皆様を足止めしましたけど、全然気にしていませんわ」
「貴方ほんっといい性格してるわよね……。でも、そうよね。一方的に絡んでくる方が悪いに決まってるんだもの。こっちが気にすることないのよね」
そう言うエリザベスは、自分を誘った件でユージィンがリリアナに絡まれたことを思い返しているのかも知れない。
「そうだな。もう済んだことだから、さっさと忘れることにしよう。それより今後のことについて皆と話し合いがしたいんだが、さすがにもう時間がないな」
「それでしたら、これからも昼休みは中庭に集まって、みんなで昼食を取ることにしませんこと? つまり演習についてのミーティングを兼ねた昼食会ですわ」
クローディアの提案に対し、ユージィンが「それはいいな」と賛同し、ライナスも「殿下がそうおっしゃるのなら」と同調した。ルーシーは「私も賛成です」と微笑みを浮かべ、エリザベスは「まあ、行けたら行くわ」とつんと肩をそびやかした。
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