35 二つのグループ
「なんでって魔法実践演習でグループを組んだからですわ」
クローディアは笑顔で応じた。厄介ごとは適当に受け流してしまうに限る。
「お前が、ユージィン殿下と?」
「ええ、素敵でしょう?」
クローディアは「ルーシー様にアシュトン様、ブラッドレー様も一緒ですのよ」と続けたが、そちらの方はアレクサンダーの耳を素通りしているようだった。
「クローディアがユージィン殿下と……。今年は俺を誘いに来ないと思っていたら、まさかそんなことを企んでいたとは」
アレクサンダーは独り言のようにつぶやいたのち、きっとクローディアをにらみつけた。
「クローディア、どうやってユージィン殿下に取り入ったのか知らないが、当てつけのために王族を巻き込むなんて、いくらなんでもやり過ぎだぞ!」
「え、当てつけって……なにに対する当てつけですの?」
「とぼけるな。お前がなんの接点もなかったユージィン殿下と組むなんて、俺がリリアナ様と組むことに対する当てつけ以外になにがあるって言うんだ」
「まあ、自意識過剰も大概にしてくださいませ。私がここにいる皆様と組んだのは、リーンハルト様とはなんの関係もありませんわ」
「なにを白々しいことを――」
「リーンハルト、私の方が実践演習でグループを組もうとラングレー嬢を誘ったんだ」
ユージィンの発言に、アレクサンダーは虚を突かれたように目を見開いた。
「え? ……殿下が、ですか?」
「そうだ。ここにいるのは皆私が自ら選んだメンバーだ。君ともリリアナとも関係がない。ラングレー嬢の言う通り、君は少し自意識過剰のようだな」
ユージィンの言葉に、アレクサンダーは真っ赤になった。
「え、いえ、俺はただ、クローディアが殿下に無礼な真似をしているのではないかと――」
「無礼なことを言っているのは君の方だ。私たちは魔法科準備室に用があるから、早くそこをどいてくれ」
ユージィンにぴしりと言われて、アレクサンダーは頬を紅潮させたまま道を空けた。
これでようやく申込用紙を提出できるかと思いきや、今度はリリアナが一行の道を塞ぐように立ちはだかった。
「……お兄様、その人たちとグループを組むって、本当なの?」
「ああ、本当だ」
ユージィンが答えると、リリアナは「そんな、信じられないわ……」と身を震わせた。
「クローディアさんたちはともかく、エリザベスさんと組むなんて……信じられない。だってエリザベスさんはダミアンのことを『汚らわしい者』って言ったのよ? 実の弟を差別するような人なのよ? そんな人と組むことが、お兄様の考える『王族に相応しい振る舞い』なの?」
「リリアナ、ブラッドレー嬢は――」
「お父様は言ってたわ、貧民でも高位貴族でも分け隔てなく愛を注ぐのが王族の役割だって。だけどお兄様は違うのね。エリザベスさんみたいな人と仲良くすることが、お兄様の考える『王族に相応しい振る舞い』なのね。だったら私、お兄様が求めるような王族には絶対になれないわ!」
リリアナはいかにも悲しげな口調で言った。その姿は、兄の愚かな振る舞いに胸を痛める純真な妹そのものだ。
「リリアナ、聞きなさい。ブラッドレー嬢は間違いを認めて弟のダミアンに謝罪した。そして彼も受け入れたんだ」
「え……?」
「――そうだろう? ダミアン・ブラッドレー」
ユージィンが問いかけると、ダミアンは「はい」と素直にうなずいた。
「え……でもそんなの、エリザベスさんの本心のわけがないわ!」
「ブラッドレー嬢の本心はブラッドレー嬢自身にしか分からない。大切なのは行動だ。貴族が己の非を認めて謝罪することは、それ自体大きな意味がある」
「でも……!」
反論しようとしたリリアナを、オズワルドがそっと制した。
「ここは引きましょう、リリアナ殿下」
「でもオズ、私、こんなの許せなくて。口先だけの謝罪で、終わったことにしてしまうなんて」
「お気持ちは分かりますが、ダミアンが謝罪を受け入れている以上、我々に言えることはありません」
「でも……」
「あの、リリアナ様、勝手なことをしてすみません」
ダミアンが申し訳なさそうに謝罪した。自分が姉の謝罪を受け入れたせいで、リリアナが困っていると感じたらしい。
「え、ううん、ダミアンは何も悪くないわ。ダミアンはただ、優しすぎるだけだもの」
リリアナは哀しげに微笑んだ。
「優しすぎるから……エリザベスさんのような人に付け込まれてしまうんだわ」
「いえ、そんな、優しすぎるのはリリアナ様の方です」
「ダミアン……」
目の前でそんな茶番劇が繰り広げられる一方で、クローディアの背後からは「相手にするなよ、エリザベス」「いちいち言われなくても分かってるわよ」と囁きかわす従姉弟同士の声が聞こえてくる。
結局リリアナはオズワルドの言葉に従い、悔し涙を浮かべて脇に寄った。続いて脇に寄った生徒会グループの前を、クローディアたちがぞろぞろと通り過ぎていく。
「……驚いたよルーシー」
すれ違いざまフィリップが声をかけると、クローディアの隣を歩いていたルーシーはびくりと肩を震わせた。