28 貴方には関係のないことよ
クローディアが睨み返すと、アレクサンダーはふいと視線をそらした。なにを考えているのか知らないが、相変わらず不快な男である。
「婚約解消する予定だけど、創立祭に間に合うかどうかは分からないわ。なにしろリーンハルト様が頑なに拒んでいるものだから。創立祭のパートナーの件については、解消できてから考えるつもりよ」
クローディアが言うと、ジョンは「分かりました。では創立祭にお互い婚約者がいなかったら、改めてお申込みさせていただきます」とほっとしたように引き下がった。
王立学院創立祭。それは読んで字のごとく王立学院の創立を祝うお祭りで、そのメインイベントはなんといっても中央ホールで行われる舞踏会に他ならない。授業と違ってパートナー選びは自由だが、すでに婚約者がいる者は婚約者と組むのが最低限のマナーとされる。つまり当日までに婚約解消できなければ、クローディアはアレクサンダーにエスコートされるか欠席するかの二択である。
(ダンス自体は好きだけど、アレクサンダーにエスコートされるくらいなら欠席した方がましだわね)
おそらくアレクサンダーの方もそう思っていることだろう。
ちなみに少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の世界では、アレクサンダーは満面の笑みを浮かべてリリアナ王女をエスコートしている。特に咎められた形跡がないのは、クローディアが「アレク様を殺して私も死ぬわ!」と襲いに行って返り討ちに遭い、絶賛引きこもり中だったからだろう。まだ正式な解消こそされていないものの、この時点でアレクサンダーの婚約は事実上破綻しているとみなされて、他の女性と組むことについても大目に見られたと言うわけだ。
作中におけるリリアナは国王に贈られた薔薇色のドレスを身にまとい、エスコート役のアレクサンダーと組んで見事なダンスを披露する。そして生徒会書記のオズワルド・クレイトンや、庶務のフィリップ・エヴァンズ、会計のダミアン・ブラッドレーといった他の生徒会役員たち、さらには学院教師のハロルド・モートンともペアを組んで朝まで踊り明かすのだ。
美青年たちをはしごすることについては賛否両論あるものの、その華やかなダンスシーン自体は読者にも大変好評で、クローディアの前世である鈴木律子も胸を躍らせたものである。
(あのダンスパーティに、誰かまともな殿方と参加出来たら素敵でしょうね……)
それは先ほどのジョンでもいいし、他の誰かでも構わない。とにかくストロベリーブロンドの王女に心を奪われておらず、パートナーに対する最低限の礼儀をわきまえている男性ならば言うことはない。そんな男性にエスコートされて、思う存分にダンスを楽しむことができれば、どんなにか素晴らしいことだろう。
そのためにも婚約解消を勝ち取らねばと、クローディアは己に気合を入れ直した。
午前の授業をそつなくこなしたあとの昼休み。天気がいいから外で食べようということになり、ルーシーと連れだって中庭の四阿へと向かう道すがら、クローディアは複数の令嬢が一人の令嬢を取り囲んでいるのに気が付いた。制服のリボンの色からして、いずれも一学年上の女生徒たちのようである。
「あらまあ、まだ学院をお辞めになっていらっしゃらないんですの? リリアナ殿下がおっしゃったことをお判りにならないわけではないでしょう?」
リーダーと思しき赤毛の令嬢が甲高い声で言うのに合わせて、他の令嬢たちも「ジェイン様のおっしゃる通りですわ」「厚顔無恥にもほどがあります」「王家を侮っていらっしゃるのかしら」などと言い募る。言われている令嬢は陰になって良く見えないが、一人を相手に口々に言い立てているさまは、穏やかならざる雰囲気だ。
「皆様、一体なにをしてらっしゃいますの?」
クローディアが明るく声をかけると、赤毛の令嬢が苛立たしげに振り向いた。
「貴方には関係のないことよ。下級生が口を挟まないでちょうだい」
そう言って睨みつける赤毛の令嬢を、別の令嬢が慌てて制した。
「お待ちくださいジェイン様、この子、あのクローディア・ラングレーです」
「え、校舎を半壊させたっていう化け物みたいな子?」
「そうです。ついでにモートン先生も吹っ飛ばしたっていうあのクローディア・ラングレーです!」
「前にリリアナ殿下にも食って掛かったと聞きましたわ」
「なんて恐ろしい……王家の威光すら通じないとは」
「ここは引きましょう、ジェイン様」
「そうですわ、関わったらなにをされるか分かりませんわ」
令嬢たちはひそひそと囁きかわすと、怯えたようにその場を去った。
クローディアが吹っ飛ばしたのはモートン本人ではなくて彼の結界だし、校舎を半壊というのもかなり誇張されているが、一日経って随分と尾ひれがついたらしい。
(まあ面白いからいいけどね)
クローディアは内心苦笑しながら、取り囲まれていた令嬢の方に向き直った。
「ねえ貴方、大丈……」
大丈夫ですの? と声を掛けようとしたクローディアは、その正体に気づいて息をのんだ。
特徴的な金髪の縦ロールに、人目を引く派手な美貌、そして肉感的な体つき。
(この子、エリザベス・ブラッドレーよね……?)
公爵令嬢エリザベス・ブラッドレー。
生徒会会計であるダミアン・ブラッドレーの異母姉にして、彼を蔑み、虐げていたといういわくつきの人物だ。
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