27 ダンス・レッスン
「――というわけで、宮廷魔術師を目指そうと思ってますの!」
翌日。クローディアがルーシーにことの次第を説明すると、ルーシーは「凄いですわ。クローディア様ってリーンハルト様と縁を切る方法について真剣に考えてらっしゃるんですのね」と尊敬の眼差しを向けてきた。
「やっぱり嫌だ嫌だと思っているだけじゃなにも変わりませんものね……」
「ルーシー様はエヴァンズ様との婚約を嫌だと思ってらっしゃるんですの?」
クローディアの率直な問いかけに、ルーシーは一瞬息をのんだあと、「ええ」と小さくうなずいた。
「長い間、私にはあの方を嫌う権利なんてないんだと思っていたのですけど……クローディア様にはっきり聞かれたあと、私なりに色々と考えてみましたの。それであの方と結婚する将来が、少しも楽しみではないことに気づいたのです」
「そのことをお父様には」
「言えば勘当されてしまいます……」
「厳しいお父様ですのね」
クローディアは「それじゃ勘当されても大丈夫な方法を見つけましょう!」と言いたかったが、さすがに口にはしなかった。優しい父に甘やかされている身の上で、そんなことを言うのはあまりに無責任すぎるだろう。
だけどなにか力になれないものかとあれこれ考えているうちに、予鈴が鳴って午前の授業が始まった。
今日の一限目はダンスである。授業は男女がペアになって実際に踊る形式で行われ、その組み合わせは毎回教師が指定する。
「組み合わせはいつもくじで公平に決めています。特定の相手と組みたいと言って大騒ぎをすることのないように」
ダンス教師はクローディアを見ながら釘を刺した。一瞬むっとしたものの、その懸念は至極真っ当なものなので、顔に出さずにやり過ごした。
実際、かつてのクローディアは毎回のように「だって私はアレク様の婚約者ですのよ? 婚約者同士が組むのは当たり前のことじゃありませんの?」と主張して、「ねえ貴方、私と代わってくださらない? もちろん代わってくださいますわよね? だって私はアレク様の――」と目を血走らせながらアレクサンダーのパートナーに迫っていったものである。
そしてダンス教師に叱責されてつまみ出されるまでがお約束だが、迫られた女生徒は怯えるし、他の生徒たちの練習時間は削られるし、クローディアとペアになるはずだった生徒は結局一人で踊る羽目になるしで、実に迷惑極まりなかった。
アレクサンダーにかけた迷惑についてはどうでもいいが、他の生徒たちに対しては申し訳なかったと心から思う。
さて、今回アレクサンダーのパートナーになった相手は、常に微細に震えているような細身の子爵令嬢である。繊細な彼女はクローディアと目が合った途端、「ひぃ」と怯えた悲鳴を漏らしたので、クローディアは慌てて目をそらした。アレクサンダーには愛想が尽きたと公言しているクローディアだが、やはり長年培われたイメージは一朝一夕では消えないようだ。
一方クローディアのパートナーはジョン・クロスという田舎の男爵令息だった。あまりダンスは得意でないらしく、動きがだいぶぎこちない。いかにも緊張した様子でうつむいて踊る姿は、なんだか痛々しいほどだ。そこで女性であるクローディアの方がさりげなくリードしてあげたところ、授業が終わるころにはかなりリラックスして踊れるようになっていた。
「ありがとうございます。ラングレー様。こんなに楽しく踊れたのは初めてです」
笑顔で礼を述べるジョンに、クローディアも「いえこちらこそ、とても楽しく踊れたわ」と笑顔を返した。
ちなみにクローディアはダンスが大の得意である。十歳で婚約して以降「いつかアレク様と踊るときのために」猛練習を重ねたからだ。
しかし現在に至るまで、クローディアがアレクサンダーと踊ったことは一度もない。その手の行事が来るたびに、アレクサンダーが「ちょっと体調を崩して」エスコートの約束をことごとく反故にしたからだ。
クローディアがダンスの授業のたびに大騒ぎしたのは、「自分と踊ったことのないアレクサンダーが他の令嬢と楽しげに踊るのが耐え難かったから」という面も大きい。
(本っ当にふざけた婚約者よね……)
クローディアが遠い目をしていると、ジョンが改まった調子で問いかけた。
「ところでラングレー様は、創立祭はどなたと参加なさるご予定でしょうか」
「創立祭?」
「はい。ラングレー様はリーンハルト様との婚約を解消なさるご予定とうかがいました。それで、もしまだパートナーが決まっておられないのでしたら――」
言いかけて、ジョンはぎょっとしたように口をつぐんだ。ジョンの視線の先をたどると、アレクサンダーが目に映る。彼は苛立たし気にこちらを睨みつけていた。