25 クローディアの作戦
お茶会は滑り出しから順調だった。急遽用意されたにしては、お茶もお菓子も大変満足のいくものだったし、こぼさずに食べようと真剣に頑張るソフィアがなんとも可愛らしかった。むろん手つきはまだ拙いものの、五歳にしてはマナーも上々の部類だろう。
ソフィアは人見知りをしない子供のようで、すぐにクローディアと打ち解けた。別館での生活について水を向けると、愛犬のジャックを可愛がっていることや、料理長の作るカスタードプディングが大好きなこと、最近家庭教師について歴史と算数を習い始めたこと、来週から魔法も習い始める予定であることなどを嬉しそうに話してくれた。
「まあ、そうなの。魔法はとても面白いから、楽しみね」
クローディアが優しく言うと、ソフィアは「はい、楽しみです!」と元気よく返答した。
その後はクローディアの方が自身の生活についてあれこれ語ったわけだが、話が魔法実践のくだりに差し掛かると、ソフィアが「お姉様って凄い魔法使いなんですね!」と目を輝かせながら食いついてきた。そこでクローディアもついつい調子に乗って、その場で複数の火球を作って空中に浮かせたり、くるくるとダンスのように動かして見せたりしたところ、「凄いです! お姉様凄いです!」と大興奮の様相で、しまいにはヘレンに「ソフィア、はしゃぎ過ぎよ」と軽くたしなめられていた。
そんなソフィアの様子を見るにつけても、ヘレンは娘にクローディアの悪口を吹き込むような真似を一切やっていないのだろう。
ヘレンは終始控えめで、姉妹の聞き役に徹することが多かったが、クローディアが髪飾りの礼を述べたうえで、衣装や装身具についてのアドバイスを求めると、「クローディア様にはこういうデザインも似合うと思いますわ」などと熱心に提案してくれた。
その後さり気なく父と結婚した経緯についても聞きだしたところ、どうやらヘレンは実家の子爵家でかなり冷遇されていたらしい。たちの悪い相手に身売り同然で嫁がされる寸前だったところを、義侠心に駆られたクローディアの父が後先考えずに求婚し、ヘレンも天の助けとばかりに飛びついた、というのが当時の実情だったようである。
泣いて嫌がるクローディアを前にして、二人して我に返ったものの、今さらヘレンが実家に帰るわけにもいかず、後ろめたさを覚えつつも別館で結婚生活を送ることになったらしい。
「あのときは本当に申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げるヘレンに対し、クローディアは鷹揚に微笑んだ。
「頭を上げてください、お義母様。あのときは私もちょっとやり過ぎましたわ」
癇癪を起こして大暴れした際、泣き喚きながら父と義母に熱々の紅茶が入ったティーポットを投げつけたり、重い花瓶を投げつけたりと、かなりやらかしたような記憶もある。今思えば大惨事にならなくてなによりだ。
その後は女三人で好きなスイーツについて盛り上がり、お茶会は大成功のうちに幕を閉じた。
二人が別館に帰ったあと、クローディアが父に「お義母様とソフィアが希望するなら、こちらの本館で一緒に暮らしても構いませんわ」と伝えたところ、父は感動に涙ぐんでいた。
「ありがとう、クローディア、ありがとう」
「どういたしまして。お義母様は良い方でしたし、ソフィアも本当に可愛い子でしたもの。あんな妹がいて嬉しいですわ」
「うむ、お前にそう言ってもらえると嬉しいよ」
「ソフィアは年齢の割にはしっかりしているし、なかなか利発な子のように感じられましたけど、お父様から見ていかがですか?」
「そうだな……。親のひいき目かもしれんが、まあそれなりに出来はいい方だと思うよ」
父は遠慮がちに同意した。ソフィアが褒められて嬉しい反面、あまり露骨に同調するとクローディアが機嫌を損ねるのではと心配している様子である。しかしクローディアにしてみれば、ソフィアが父から見ても利発な少女であることを確認できれば十分だ。
「そうですか……。では私を跡取りから外して、あの子を跡取りにしていただけませんか?」
クローディアの言葉に父は一瞬絶句したのち、「……それは本気で言ってるのかい?」と困惑もあらわに問いかけた。
「はい。お義母様とソフィアが嫌でなければ、ですけど」
「それは……嫌ではないと思うが、お前はそれでいいのかい? お前は今まで跡取りとしてあんなに頑張って来たじゃないか」
「お父様、それこそ親のひいき目ですわ……」
クローディアがため息をつくと、父は無言で目をそらした。
実際のところ、今までのクローディアはアレクサンダーへのストーカー行為を頑張っていただけである。ラングレー伯爵家を背負っていく責任感などまるで持ち合わせていなかったから、父の仕事を手伝うこともなかったし、成績も底辺に近かった。
前世の記憶を取り戻してからは勉強を頑張ってはいるものの、正直に言えば、同じ勉強でも領地経営学より魔法の方がはるかに面白い。なんといっても邪神の依り代になれるレベルの魔力量だ。領主となるよりそちらで身を立てる方がよほど向いていることだろう。
「しかし今さらお前を追い出すような真似は出来ないよ。ヘレンだってそんなことは望んでいないし、ソフィアだって――」
「お父様、私は別に自己犠牲の精神で申し出ているわけではありません。ただ単に円満な婚約解消のためですわ」
「婚約解消のため?」
「はい。リーンハルト家が私に執着するのは、要は私が跡取り娘だからでしょう? 私がラングレー家の跡取りではなくなれば、あっさり解消に応じるのではないでしょうか。継ぐべき領地を持たない二人が結婚したところで、どうしようもありませんものね!」