24 ポーション作り
翌朝。ルーシーと顔を合わせたクローディアは、さっそく借りた小説の感想を伝えた。
「もう王子様が本当に本当に格好良くて最高でしたわ! ことにヒロインが義母に焼き殺されそうになったときに、さっそうと現れて助け出したときの頼もしさときたら……!」
「お気に召したようでなによりですわ。私もあのシーンは大好きで、何度も読み返してますの。それで、続編もあるのですけど、もし良かったら」
「まあ、あの話に続きがあるんですの?」
「ええ、続編には義母が五人も登場するのです」
「まあ、義母が五人も? それは見逃せませんわ!」
などと二人で盛り上がっているうちに、授業開始の鐘が鳴って担当教師が入室してきた。
今日の一限目は薬学である。薬学では講義形式の授業に加えて、しばしば薬草と魔力を使ったポーション作りが行われるのだが、今日はその日に当たっていた。作成に当たってはクラスメイトと協力することが推奨されており、誰と組むかは各人に任せられている。いわゆる「好きな人同士でグループを作りなさい」というやつだ。一人でやっても構わないが、複数人で協力した方が有利なことは間違いない。
これまでのクローディアは例によって例のごとく「アレク様、私と一緒にやりましょう!」と目の色を変えてアレクサンダーを追いまわし、例によって例のごとく徹底的に拒絶されていたのを記憶している。まあ成績優秀なアレクサンダーに対しクローディアは劣等生だったので、今思えば図々しいといえなくもない。
さて今回はといえば、当然のようにルーシー・アンダーソンと組むことになった。繊細な魔力操作が得意なルーシーは、この手の課題にはうってつけの相棒であり、二人で作ったポーションは担当教師から「これなら店で売っているポーションにも引けを取りませんよ」と絶賛されるほどの出来栄えだった。
「ルーシー様が最後の調整をしてくださって本当に助かりましたわ。私一人だとどうしても魔力注入を止めるタイミングが分からなくて、ヘドロかスライムみたいになってしまいますもの」
「ふふ、こういう細かい作業は割と得意なのです。それにクローディア様が八割か九割くらいの魔力注入をやってくださるので、私も凄く楽が出来ましたわ」
クローディアとルーシーは作ったポーションを提出したあと、互いに健闘を称え合った。
そんなこんなで一限目は楽しく受講することができたが、二限目の領地経営学はいささか勝手が違っていた。
領地経営学とは読んで字のごとく領地経営のノウハウを教えてくれる実践的な学問で、跡取り娘であるクローディアには必修科目だが、継ぐべき領地を持たない者は古典文学や音楽、美術などを選択できる。正直言って、クローディアにはそちらの方が魅力的だった。
なにしろクローディアが引き継ぐ予定のラングレー領は希少な鉱物を産出する鉱山を多数抱えているため、放っておいても税収に困ることはない。おまけに領内で直接統治に当たっている代官はすこぶる付きに有能かつ善良で、常に最新式の採掘技術や精錬技術を取り入れて産業の発展に努めているうえ、庶民向けの学校や病院、救貧院など領民の福祉についても心を配っているようだ。いずれも大変結構なことではあるが、おかげで「自分が領主になってこれがやりたい!」という情熱が欠片も湧いてこないのである。
しかも領地経営学の担当教師はまるでやる気のない老人で、ひたすら教科書を読み上げるだけの授業は実に退屈極まりない。生徒たちの中にはこくりこくりと舟をこぐ者もいるほどだ。
そんな中、背筋を伸ばして受講しているアレクサンダー・リーンハルトの後ろ姿が目に映る。彼も「継ぐべき領地を持たない者」の一人だが、近い将来ラングレー領に婿入りする身として領地経営学を選択している。
以前のクローディアは「私との将来のために頑張ってくださっているのね!」とうっとりしながらその後ろ姿を見つめていたが、アレクサンダー及びその背後にあるリーンハルト公爵家にしてみれば、目当てはあくまで豊かなラングレー領であって、クローディア本人はラングレー領に憑いている地縛霊のようなものなのだろう。
だからこそ今のクローディアがこれほど露骨に嫌悪しているにも関わらず、頑として婚約解消に応じようとはしないわけで――。
(継ぐべき領地……そうだわ)
そこでクローディアはある作戦を思いついた。
帰宅したクローディアは、さっそくお茶会の準備に取り掛かった。といっても基本的な支度はすでに使用人によって整えられているので、クローディアがやるのは最終確認くらいのものである。
「まあ綺麗なお菓子ね。きっと二人とも喜ぶわ。使用する茶器とカトラリーもそれでいいわ」
「そこに飾る花はもっと火炎花を増やして……ううん、やっぱりそのままでいいわ。お茶会にあまり香りが強い花は良くないものね」
「そうね……。やっぱり茶葉は南方産のものがいいわ。北方産の初摘みは魅力的だけど、小さな子供がいるんだから飲みやすい方が良いでしょう」
てきぱきと指示するクローディアに、侍女のサラが「はりきっておられますね、お嬢様」と茶化すように言った。
「そりゃあね。お義母様とお会いするのはあれ以来だし、ソフィアとはこれが初対面だもの。良いお茶会にしたいじゃない? それに……」
「それに、なんでございますか?」
「ふふ、ちょっとね」
クローディアは曖昧に笑って誤魔化した。
実を言えば、今日のお茶会の結果如何によってクローディアの「作戦」の成否が、ひいてはクローディアの将来が決定されることになる。ゆえに気合も入ろうというものだが、今それを打ち明けるつもりはない。
やがて定刻になり、準備万端に整ったサロンに、義母と異母妹が現れた。
義母ヘレンは記憶にある通りの美しい女性だった。地味だが品のいいものをまとっており、センスの良さがうかがえる。そして初めて会う異母妹のソフィアはまことに可愛らしい少女だった。ゆるやかにウェーブがかった金色の髪、つぶらな青い瞳にふっくらした薔薇色の頬、まるで陶器の人形のようだ。
「クローディア様、本日はお招きありがとうございます」
ヘレンが深々と頭を下げると、隣でソフィアも「お姉様、本日はおねまきありがとうございます!」と挨拶した。ちょこんとドレスをつまんでお辞儀する仕草がなんとも言えず可愛らしい。ちょっと噛んだのも可愛らしい。
「ご無沙汰しております、お義母様。本日はようこそおいでくださいました。それからソフィア、立派なご挨拶ありがとう。とてもしっかりしてるのね」
クローディアが褒めると、照れたようにえへへと笑うのも可愛らしい。
(天使よ! 天使だわ!)
クローディアは心の中でそう叫んでいた。





