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23 義母と異母妹

 帰宅すると、父がなにやら大きな箱を持って待ち受けていた。


「お帰りクローディア、ヘレンにお前があの髪飾りを付けて行ったと伝えたら、それはもう大喜びしていたよ」

「それは良かったです。お礼も伝えていただけましたか?」

「ああもちろんだ。それでヘレンは今日街に行って、他にもあれこれ買い求めてきたそうだ。いくつあっても困らないものだし、もし良かったら」


 父がそう言って箱の蓋を開けると、そこには様々な細工の髪飾りがずらりと並んでいた。


「まあ、こんなにたくさん」


 クローディアは思わず苦笑した。少々やりすぎな感はあるが、クローディアと仲良くしたい意思は痛いほどに伝わってくる。義母は思っていたよりも面白い人なのかもしれない。


「どれも素敵ですわね。ありがたく頂戴いたしますわ、お父様」

「そうか、気に入ってくれて良かったよ」

「お礼に今度、お義母様をお茶会に招待したいのですが、あちらの都合をお聞きしていただけませんか?」

「え、ヘレンをこの屋敷に呼んでもいいのかい?」

「はい。良かったら妹のソフィアも一緒に」

「……ありがとうクローディア」


 感無量といった表情を浮かべる父に、クローディアは「どういたしまして、お父様」と微笑んだ。

 義母のことを完全に受け入れたわけではないが、そろそろこちらから歩み寄るべき頃合いだろう。また今後の方針を決めるためにも、義母と異母妹に直接会って、その人となりを確かめることは重要だ。

 その後はいつものように父と晩餐を共にしながら、今日あったことをあれこれ話し合った。

 クローディアがモートンに嫌味を言われたあと、彼の結界を破って校舎の壁に大穴を空けたことを話すと、父は笑い声をあげて面白がってから、修繕費用を学院に寄付することを申し出てくれた。


「迷惑をかけてごめんなさい」

「我が家にとってははした金だよ。しかしお前の魔力量が人並み外れて多いことは入学審査で知らされていたが、まさかそこまでとはなぁ」


 一方、父の方は今日も婚約解消の話し合いのためにリーンハルト公爵家に赴いたらしい。今までの援助金を返さないでいいことや、アレクサンダーの学院卒業までは支援を続けていく旨を申し出てみたのだが、公爵夫妻は相変わらず首を縦に振らないとのこと。


「まあリーンハルト家にしてみれば、いずれアレクサンダー君が婿入りすることで、我がラングレー家の豊かな領地を自由にできるようになるわけだし、多少の援助金なんかでは割に合わないということなんだろうな」


 父はほとほと弱りはてた様子で言った。


「いっそこちらでもっと良い婿入り先でも見つけてやったら、喜んで応じてくれるのかもしれないが……」


 確かにそれは一つの解決策だが、現実的な話ではない。実際のところ、ラングレー家ほど条件が良い家はなかなか見つからないだろうし、仮に見つけられたとしても、リリアナに対する執着心を隠そうともしないアレクサンダーと婚約したがる令嬢がそうそういるとは思えない。

 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』においては、愛するリリアナ本人と結ばれる道が提示されていたが、そのためにはまずリリアナが跡取り娘、すなわち将来の女王となる必要がある。


(アレクサンダーが将来の王配になれることが確定すれば、リーンハルト家は大喜びで解消に応じるんだろうけど、あのピンク頭が女王って、それはそれでムカつくのよね)


 そのためにユージィンが死ぬ未来はごめんだし、失脚するのも歓迎できない。クローディアが見る限り、次期国王に相応しいのはリリアナではなくユージィンだ。


 ――ただ、君の方も先生の結界が弱すぎるなんてあからさまに指摘するのはどうかと思う。気持ちは分からないでもないが、教師にも体面というものがあるからな。


 露骨にリリアナを贔屓するモートンに対しても、ユージィンはあくまで公平だった。私情に流されず、冷静に物事を見ることができる。即位できたなら、彼はきっと良い国王になるだろう。




 食事を終えて自室に戻ったクローディアは、昨日と同様に学院の予復習に精を出した。そして一段落ついたのち、ルーシーに借りた恋愛小説を手に取った。

 ルーシーお勧めの作品は、意地悪な義母と異母妹に虐げられているヒロインが舞踏会で王子様に見染められるというシンデレラストーリーで、一度読み始めるとページをめくる手が止まらなかった。

 ヒロインを虐めぬく義母の残酷さや王子との仲に割り込もうとする異母妹のいやらしさが実に生々しく描写されており、ヒロインは一体どうなるのかとはらはらしながら読み進めていると、ふいにノックの音が室内に響いた。返事をすると、父である。


「さっき別館に行ってきたんだが、お茶会のことを伝えたら、ヘレンはすごく喜んでいたよ。ソフィアも是非参加したいと言っている。時間はいつでも構わない、お前の都合に合わせるそうだ」

「まあ、そうですの。それじゃ例えば、明日の午後でも構わないんですの? 明日は授業が午前中で終わるので、午後は丸々空いてるんですけど」

「もちろん構わないと思うが……随分急な話だな」

「こういうのは早い方が良いと思いますの。じゃあ時間は明日の午後三時、場所はこちらのサロンということで、お父様からお伝えくださいませ」

「分かった。伝えておくよ。準備については私からジェームズに言っておこうか」

「ええ、ありがとうございます」

「それで、そのお茶会なんだが……私も参加したら駄目かな?」


 父がおずおずと申し出るのを、クローディアはきっぱりと断った。


「申し訳ありませんが、女三人でやりたいんですの。――別に今さらお義母様と喧嘩をするつもりはありませんから、心配なさらないでくださいな」

「いや別に、心配しているわけじゃ――」

「それじゃお父様、お休みなさいませ!」


 クローディアはそう言って、父を部屋から追い出した。

 かつての大立ち回りを思い起こせば、父の不安も分からないではないのだが、今後ヘレンやソフィアと上手くやっていけるかを見極めるためにも、明日はクローディア一人で臨みたい。


 義母ヘレンと異母妹ソフィア。

 二人は果たしてどんな人物なのか。クローディアのことをどう思っているのか。本当にクローディアと仲良くするつもりがあるのか。

 ルーシーの小説に出てくるヒロインの義母は、夫の前ではヒロインに愛想良く振る舞いながら、目の届かないところでは数々の嫌がらせを行う極悪非道な女性であり、異母妹はそんな母親の手先となってヒロインを虐げる実にいやらしい少女である。まさかヘレンとソフィアがそんな人間だとはさすがに思いたくないが――。


(……とにかく、直接会ってみるしかないわよね)


 クローディアは気持ちを切り替えると、再び小説の世界に没頭した。

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