19 王子殿下の犬
今日の一限目は歴史である。授業内容はちょうど邪神を滅ぼした勇者アスランが王国を築くくだりに差し掛かったところで、クローディアも熱心に予習してきた箇所であるため、問題なくついていくことができた。
アスラン・エイルズワースは為政者としてもすぐれた手腕を発揮しており、その聡明さや公明正大な態度から、人々の間では「理想の王」「王の中の王」といった位置付けであるらしい。後世に理想化された面もあるにせよ、それなりに有能な人物ではあったのだろう。
教科書の挿絵にある銀髪の美丈夫はどことなく昨日出会ったユージィン殿下を思わせたので、クローディアは彼をイメージしながら授業に耳を傾けた。
二限目は数学だが、やはり前世に比べると大分レベルが低かった。クローディアが誰も解けない問題に自ら手を挙げて回答すると、教室内から軽いどよめきが上がり、「え、ラングレー嬢ってもしかして頭良かったの?」なんて囁き声まで聞こえたほどだ。担当教師は頬を紅潮させて「素晴らしい!」を連発したのち、「なんで今までその才能を隠してたんですか?」と訝しげに訊いてきたので、クローディアは笑って誤魔化すより他になかった。
昼食は今日もルーシーととり、王都で人気のスイーツや恋愛小説の話で盛り上がった。朝は少し元気がなかったルーシーだが、また明るい笑顔を見せてくれたのでほっとした。
ルーシーは「これが昨日お話ししていた本ですの。それからこれと、これなんかもお勧めですわ」と言いながら持参した恋愛小説をクローディアに貸してくれたので、帰宅してからさっそく読んでみるつもりである。
そして午後になり、クローディアはルーシーと連れだって魔法実践で使われる教室へと足を運んだ。
魔法実践は三クラス合同で行われるため、使用されるのは階段状の大講義室である。座る場所は自由なので、ルーシーと共に二人分空いた席を探していると、ふと見覚えのある姿が目に留まった。
艶やかな銀髪に秀麗な顔立ち。昨日クローディアたちを助けてくれた王子様、ユージィン・エイルズワースその人だ。彼の右側には灰色の髪の男子生徒が腰かけているが、左側はちょうど二人分空いている。
「ユージィン殿下、ここに座ってもよろしいでしょうか」
クローディアの声に、ユージィンがこちらに顔を向けた。
「ああ、もちろん構わないよ」
柔らかな声音で答えてから、彼はふと目を見開いて、「君たちは昨日のリリアナの友人――じゃないご令嬢だな」と言葉を続けた。
「まあ、覚えていて下さって光栄ですわ。昨日リリアナ殿下に友人扱いされましたけど、断じて友人ではない令嬢です。クローディア・ラングレーと申します。こちらはルーシー・アンダーソン。以後お見知りおきを」
「そうか。ユージィン・エイルズワースだ。こちらこそよろしく」
ユージィンがそう言って微笑む一方、右隣にいる灰色髪の男子生徒は「クローディア・ラングレーだって?」とぎょっとしたような声を上げた。
「なんだライナス、知り合いか?」
「いえ、名前を聞いたことがあるだけです」
灰色の髪に地味な顔立ち、そしてライナスという名前から、クローディアは彼が誰であるのか気が付いた。
侯爵令息ライナス・アシュトン。
原作ではユージィンの腰巾着といった立ち位置で登場し、その役どころから、読者に「王子の犬」「権力の犬」「小物界の大物」などと揶揄されていた人物だ。
ライナス・アシュトンは「――ラングレー嬢と言えば、色んな意味で有名人ですから」と付け加えると、クローディアに対して胡乱な眼差しを向けてきた。どうやら評判の悪い女がユージィンに近づかないようにと牽制している模様だが、クローディアは別段腹も立たなかった。
作中では「王子殿下にへつらう小物」といった風に描写されていたライナスだが、ユージィンの不安定な立場を知ってしまえば、「権力の犬」という綽名が相応しくないのは瞭然だ。国王に疎まれているユージィンに対し、わき目もふらずに忠誠を捧げる姿は、むしろ賞賛に値する。
(それなのに最期まで扱いが雑だったのよね、漫画では)
作中では邪神騒動が始まって早々に魔獣の群れにぷちっと踏みつぶされてしまい、敬愛するユージィンの死にも立ち会えなかった気の毒な忠臣、ライナス・アシュトン。今生ではぜひともユージィンと共に長生きしてもらいたいものである。
――などと考えているうちに授業開始の鐘が鳴り、担当教師のハロルド・モートンが入室してきた。さあ、いよいよお待ちかねの魔法実践の始まりだ。