16 銀の髪飾り
夕食後。クローディアは自室で今日の復習と明日の予習を行った。
明日はいよいよ魔法実践の授業があるので、特に体内をめぐる魔力をコントロールする練習に力を注いだ。始めたばかりのころはなかなか勝手がつかめなかったが、今ではかなり明確に魔力の流れを把握できるようになっている。この分なら明日は相応の威力を発揮することができるだろう。
一通りの勉強を終え、湯あみも済ませて、そろそろ休もうかという段になって、クローディアはふと思いついて侍女のサラに問いかけた。
「ねえサラ、髪飾りのことだけど……確かお義母様からもらった銀の髪飾りがあったわよね? ほら、去年の誕生日にもらったやつよ」
「え、お嬢様が『こんな趣味の悪い物いらないわ!』と床に投げつけたあの髪飾りでございますか?」
「そう、それよ。あれは結局どうなったの? もう処分してしまった?」
「一応執事のジェームズさんが保管していると思いますが……お持ちしましょうか?」
「ええ、お願い」
「かしこまりました。少々お待ちください」
サラの後ろ姿がどことなく弾んでいるように見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。
父と再婚した義母ヘレンは同じ敷地内にある別館で暮らしている。愛人ではなく正式な妻なのになぜ本館にいないかといえば、七年前の初顔合わせの際、クローディアが癇癪を起して大暴れしたためである。
――こんな人と一緒に暮らすなんて絶対嫌! それくらいなら私が出てくわ! その辺で野垂れ死んだ方がよっぽどマシよ!
結局父が折れたことで、こういう仕様となったわけだ。
ちなみに再婚して二年後に生まれた妹ソフィアも、同じ理由でずっと別館暮らしである。父は別館にも毎日顔を出しているようだが、晩餐はいつもクローディアと共にしている。当のクローディアが徹底的に父を拒絶し、ほとんど口を利かなかったにも関わらず、だ。
(いきなり連れてきたのは無神経もいいとこだけど、その後はちゃんと私に気を遣ってくれていたのよね、お父様は)
再婚当時のクローディアは九歳だ。まだまだ父を独占したい年頃だったクローディアが、いきなり現れた「母親」を受け入れられなかったのも無理はない。とはいえ今のクローディアは、義母と異母妹の存在を許容できなくもないのである。
「お嬢様、お待たせしました!」
サラが差し出したのは、記憶にある通りの銀細工に青い石がついている髪飾りだ。この繊細な美しさはクローディアの黒髪によく映えるだろう。
「あの方はセンスがいいのね」
「はい。私もそう思います」
「明日はこれを使うことにするわ」
「了解いたしました!」
「なにか嬉しそうね」
「いえまあ……その髪飾りはお嬢様に大変よくお似合いになると思うので。それに旦那様が喜ばれると思います」
「そうかもしれないわね」
義母のヘレンはつつましくて大人しい人のようだし、五歳になる妹のソフィアも今が可愛い盛りだろう。今まで散々自分たちを拒絶してきたクローディアを内心どう思っているかは分からないが、父のためにももう少し良好な関係を築いていけたらいいと思う。
そして盛りだくさんの一日を終え、クローディアは心地よい眠りについた。