13 リリアナ襲来
「ご無沙汰しております、リリアナ殿下。先日は失礼いたしました」
クローディアはしとやかに淑女の礼をとった。
「身体はもう大丈夫なの? 私とアレクのことがショックでずっと休んでるって聞いて、とっても心配してたのよ」
「まあ殿下にまでご心配いただいたなんて恐縮ですわ。身体はもうすっかり回復して、前より調子がいいくらいですのよ。それにリーンハルト様と殿下のことはもう全く気にしておりませんから、殿下もどうか気になさらないでくださいな。お聞き及びかもしれませんが、あの方との婚約は解消する予定なんですの」
クローディアは朗らかに言い切った。対するリリアナはいかにも痛ましげな顔をして「やっぱりそこまで思いつめてしまったのね……」とため息をついた。
「本当にごめんなさい。私の存在がそこまで貴方を追い詰めてたなんて全然思わなかったのよ。ねぇクローディアさん、婚約解消なんて悲しいこと言わないで、考え直してくれないかしら」
「そうおっしゃられても、決めてしまったことですわ。私はもうリーンハルト様には全く未練はありませんの」
「そんなに意地を張らないで。十歳のころからあんなに好きだったんだもの、未練がないなんて、そんなはずないわ!」
(……一体なにを考えてるのかしら、この王女様は)
親身な口調で言うリリアナに、クローディアは内心首をひねった。
クローディアが髪を振り乱し目元に隈を作るくらいに嫉妬に狂っていたときも、リリアナは「なんで分かってくれないのかしら。私とアレクはただのお友達なのに」と首をかしげるばかりで、まともに取り合ってこなかった。それなのに今になって二人の仲を心配するようなことを言い出すとは、どういう風の吹き回しだろうか。
(このままじゃ自分が悪役になりかねないから? それともアレクサンダーの立場を慮ってのことかしら)
学院内において「リリアナとアレクサンダーの仲に嫉妬するヤンデレ令嬢クローディア」は一種の笑い話として扱われてきた。しかしその結果として婚約解消にまで至ってしまえばさすがに冗談では済まされないし、下手をすればリリアナが悪役になりかねない。
付け加えると、ラングレー家の援助が途絶えればアレクサンダーは厄介な立場に立たされるし、現時点では女王の未来が確定していないリリアナが彼を婿として引き受けるとも約束できない状況だ。いやそれ以前に、今の彼女にそこまでの覚悟はおそらくない。
(イケメンたちに囲まれながら、みんな仲良くお友達! を楽しんでいる段階だものね)
むろん天真爛漫なリリアナ王女は、そこまで具体的に考えているわけではないだろう。ただなんとなく、自分にとって心地よいぬるま湯が今まで通り続いてほしいだけ。そしてそのぬるま湯を構成する重要なピースであった「アレクサンダーに執着するクローディア」が消えてなくなりかねない展開を阻止しようとしているだけなのだ。
「それでね、私が責任を取って、アレクと貴方の仲直りに協力できたらなって思っているの」
リリアナは気を取り直したように言葉を続けた。
「協力、ですか」
「ええ、とにかく貴方たちには話し合いが必要よ。王宮庭園でお茶会を開くから、これから一緒に来てちょうだい。ああもちろん、ルーシーさんも一緒でいいわ。私はみんなと仲良くしたいと思っているの」
「いえ、あの、私は」
「大変申し訳ありませんが、私もルーシー様もお断りいたします。二人ともこれから大切な用事がありますの」
「そう言わないで、ね? とにかく一緒にきてちょうだい。会って話し合えば、きっと理解しあえるわ!」
リリアナに親しげに腕を取られて、クローディアは思わず顔をしかめた。さて、これを振り払っていいものだろうか。アレクサンダーならともかく相手は仮にも王族である。下手なことをすれば優しい父に迷惑が掛からないとも限らない。
(本人は善意のつもりだから余計にたちが悪いのよね……)
クローディアが不快感を募らせていると、ふいに冷然とした声が辺りに響いた。
「リリアナ、なにをやっているんだ」
声の主を見た瞬間、リリアナはさっと顔を曇らせた。
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