126 邪神騒動の後始末
邪神復活による天変地異と魔獣の集団暴走は国中に多くの被害をもたらしたものの、幸いなことに死者はなく、怪我と物損に留まったようである。
それは各地の騎士団が適切に対処したことに加え、クローディアに触発された宮廷魔術師たちが日ごろ積極的に魔獣狩りを行っていたことも大きいそうで、クローディアとしても嬉しい限りだ。
また庭先に現れた小型魔獣などは、各家の貴族たちが自ら撃退することも多かったらしい。ラングレー家もその例に漏れず、父は義母ヘレンから「魔獣に立ち向かったときの旦那様はとても頼もしかったですわ」と言われてご満悦だし、妹のソフィアも「ジャックが吠えて一角兎を撃退してくれたのです!」と愛犬の活躍に鼻高々だ。
特に被害の大きかった者に対しては王家から援助を行うことがユージィン主導で決定され、国民から好評を博している模様。ユージィンが邪神を倒したことは世間に広く知れ渡っており、クローディアたち四人も含めて英雄扱いされている。少々面はゆい気分だが、今後のユージィンの治世においては大いに助けとなってくれることだろう。
ちなみに邪神復活の経緯については、アレクサンダーのことは伏せられて、「逃亡中の凶悪犯がエニスモア侯爵邸に押し入ったところ、以前から邪教を信奉していたケイト・エニスモアがこれ幸いと彼を捕らえて、特殊な儀式によって依り代にした」ことになっている。今後アレクサンダーが世間から迫害を受けることのないようにとの配慮である。
ユージィン曰く「今回のことはペンダントを奪われた王家にも責任がある。リーンハルトはむしろ被害者だし、なるべく不利益のないようにしたい」とのことで、クローディアとしても賛成だ。背景事情を踏まえてみれば、原作でラングレー伯爵家が取り潰された一件は実に不当としか言いようがない。
真相を知っている仲間たちや、トラヴィニオン辺境伯、ラフロイ侯爵率いる宮廷魔術師団の面々、そして最初に襲われた女生徒にも協力を要請し、いずれも快く了承された。ちなみに女生徒の足は処置が早かったために後遺症もなく済んだとのこと。
そして当のアレクサンダーはといえば、あの後ほどなくして意識を取り戻したものの、なんと魔力のほとんどを失っていることが判明した。それはリリアナも同様で、おそらく邪神に身体を使われたことによる弊害だろう。
ユージィンが「王家として補償を考えているが、なにか希望はあるか」と尋ねたところ、本人いわく「知り合いのいないところでやり直したい」ということなので、卒業後は王都から離れたところにある王領地の代官補佐として採用する運びとなった。
真面目に勤めればいずれ代官に昇格できるし、場合によっては男爵位を賜ることもあり得るので、今度こそ腐らずに頑張って欲しいものである。
一方、ケイト・エニスモアはひたすら沈黙を貫いているが、アレクサンダーの証言や、エニスモア侯爵邸で発見された数冊のノートによって、その嫌疑は揺るぎないものとなっている。
その内容は邪神に関する手書きの資料で、ペンダントのことも含めて、邪神を依り代に移す手順が事細かく記されていた。元は地下神殿の壁に刻まれていた内容を、ケイト・エニスモアが書き写したうえで、壁の文字を消し去っていたようである。つまり闇の森にある地下神殿はリリアナたちが踏み込むだいぶ以前に、学院長によって発見されていたということだ。
エニスモア侯爵邸からはもうひとつ、意外なものも見つかった。いや、「もの」と呼ぶのは問題があるかもしれないが――保存魔法をかけられたエドガー・ラフロイの遺体である。
十五年前にラフロイ侯爵家の地下墓所に埋葬されたはずの遺体が、なぜこんなところに存在するのか。ケイト・エニスモアはなにも語らないが、いずれにしても毒杯は免れないだろう。当主自ら起こした世紀の大罪とあって、エニスモア侯爵家自体も取り潰され、領地は没収されることとなった。
王立学院の院長職については複数の家系が名乗りをあげているものの、以前から一つの家系が独占することによる弊害が指摘されていたことから、今後は教師陣の中から相応しい者が選ばれるようにする、という案が有力なようだ。具体的な選定方法についてはこれから詰めていくとのこと。
意図的に邪神を復活させた者、そしてそれに巻き込まれた者に対する方針は以上のとおりである。しかし当然のことながら、話はそれで終わりではない。まだ「無責任な行動によって事態を悪化させた者」が残っているからである。
その件に対処するために、ユージィンは王妃と宰相、そしてクローディアを伴って、国王の執務室を訪れた。
「リリアナを平民にするだと?」
ユージィンの提案を聞いた途端、国王マクシミリアンは激昂した。
「なにを馬鹿なことを……貴様、ふざけるのも大概にしろ! そんなこと、認めるわけがないだろう!」
「認める、認めないの問題ではありません。エイルズワース王家の第一の使命は、邪神の脅威から民を守ることです。友人への思いを優先して邪神に近づき、脅威を悪化させたリリアナには、もはや王族である資格がないのです」
「それは……もう済んだことだろう! わざとやったわけではないし、大した被害は出なかった。第一リリアナはじきにバルモアに嫁ぐ身だ。……そうだ、お前がどうしてもリリアナが目障りだと言うなら、バルモア側に申し入れて、嫁ぐ日を早めてもらっても構わない」
「他国に嫁いだところで、我が国との関係が切れるわけではありません。エイルズワースの王女として輿入れする以上、なにかあれば我が国がリリアナの後ろ盾となり、支援を行うことになります。しかし今のリリアナにはそれを受ける資格がないのです。……第一、事情を伏せたままリリアナを嫁がせるのは、バルモア側に対してあまりに不誠実です」
「貴様……!」
「はっきり申し上げます。リリアナは本来なら王族としての第一の義務に背いたことにより、生涯幽閉されて当然なのです。しかしあの子は幼いころに誘拐されて、王女としての教育を受けずに育ちました。王族としての特権もほとんど享受していません。それなのに義務だけ課すのは理不尽だと考えて、平民に戻すことを提案しています。この要求が受け入れられないのであれば、あの子が邪神に取り込まれて脅威を悪化させたことを公表して、諮問会議にかける用意があります。おそらく全会一致で幽閉との結論に至るでしょうし、父上がそれを突っぱねたところで、あの子に待っているのは茨の道です。バルモアとは当然破談になるでしょうし、場合によっては暗殺されるかもしれません」
「貴様、まさかリリアナを殺すつもりか?」
「違います。それだけ世間から忌み嫌われる存在になるということです。魔力のないリリアナには身を守る術はありませんし、厳重に護衛を付けたところで、どうせ撒いてしまうでしょう。あの子の向こう見ずな性格については、父上も良くご存じなのではありませんか?」
ユージィンは淡々と言葉を続けた。
「一方、リリアナを平民とすることを承諾していただければ、この件が表に出ることはありません。リリアナが平民となったのは、元々王女ではなく平民の孤児だったから、という形にします。『リリアナは今回の邪神騒動に立ち会ったが、聖剣を使うことが出来ず、光の女神の加護を受けていないことが判明した。そこで改めて調べなおした結果、誘拐されたリリアナ王女は既に死亡しており、今いるリリアナはたまたま顔が似ていただけの平民であることが分かった。しかし王家が勝手に勘違いしただけであって、リリアナ本人が意図して王家を欺いたわけではないので、処分などは行わない……そういう形で公表します。リリアナは元々平民育ちですし、元の世界に帰るだけです。王女として生涯幽閉されるより、本人にとってよほど幸福であるはずです」
ユージィンはそう言って、国王に書類を差し出した。
「父上、サインをお願いします」
しばらくの間、国王は憤怒の形相でユージィンを睨みつけていたが、やがて書類を受け取ると、乱暴な手つきで署名した。
「……これで満足か?」
吐き捨てるように言う国王に、ユージィンはしかし、首を横に振った。
「いいえ。あいにくですが、父上にはまだやっていただくことがあります。――他でもない、ご自身の退位です」
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