124 絶対許さないからね
何度目かの揺れで、近くの窓ガラスが砕け散った。割れた窓から魔獣の咆哮と、ごおお、という地鳴りのような音が響いてくる。空が赤い。単なる夕焼け空ではない、まるで血のような赤に染まっている。
王都は今どうなっているのだろう。魔獣たちは中心部に向かっていたようだが、父と義母ヘレン、そして妹のソフィアは無事なのか。いやそれよりルーシーは、薬学準備室に行ったはずのルーシーは一体どうなったのか。
(とっくに戻って来て良いころなのに、やっぱりなにかあったのかしら……)
嫌な予感がどんどん膨れ上がっていく。それでも今のクローディアには、助けに行くことすら叶わない。
歯噛みするような思いで結界に魔力を注ぎ続けていると、次第に頭が重くなってきた。目がかすみ、視界がぼやける。胸の奥からむかむかと吐き気もこみ上げてくる。前にも体験したことのある、このなんともいえない不快感は――。
(魔力切れの初期症状? でも私でこれなら、エリザベス様とライナス様は?)
はっとして振り返ると、二人ともは明らかに顔色が悪く、特にライナスは限界が近いようだった。
「ライナス様、大丈夫ですか」
クローディアが思わず問いかけると、エリザベスも「ライナス、貴方死にそうな顔してるわよ。休んだ方が良いんじゃないの」と心配そうに口にした。
「いや、まだ平気だ。それに俺が抜けたら結界がもたないだろ」
「ライナスが抜けた分くらい、私たちでなんとかしてみせるわよ。ねえ、クローディアさん」
「ええ、私はまだ余裕がありますから大丈夫ですわ」
エリザベスとクローディアが説得するも、ライナスは「二人とも無理するなよ」と言ったきり、そっぽを向いて、結界の維持に集中しているようだった。
確かにライナスの言う通り、彼に抜けられると結界の維持は一気に厳しくなる。しかしこのままではライナスが死んでしまう。
(ユージィン様、早く、早く来て下さい!)
祈るような気持ちで、心の中で呼びかける。しかし銀髪の王子様は一向に現れる気配がない。
校舎は断続的に揺れ続けている。魔道具の照明が天井から落ち、派手な音を立てて転がった。赤い空に稲光が走る。
「……なあ、エリザベス」
ライナスがかすれた声で従姉の名前を呼んだ。
「俺さ、実はずっと前からお前のこと……」
「なによ、こんなときに。後にしなさいよ、後に!」
「エリザベス様、ライナス様は大切なことを言おうとしてるんだと思います」
クローディアが窘めると、エリザベスは「だから嫌なのよ! こんなときに大事な話なんて……なんだか遺言みたいじゃないの!」と涙声で言い返してきた。
「全部終わったらいくらでも聞くから、なにがなんでも生き残るのよ! 私を置いて死んだりしたら、絶対許さないからね!」
エリザベスの剣幕に、ライナスは「エリザベスらしいな」と苦笑するように言ってから、「それじゃ、全部終わってから言うことにする」と言葉を続けた。
「ええ、楽しみにしてるわよ」
「私も楽しみにしてますわ」
「……二人きりのときにする」
「そうしてちょうだい」
「それは殺生ですわ! 私も続きが気になりますわ!」
などと軽口を叩いて誤魔化すのも、そろそろ限界かもしれない。
結界の中で、巨大に膨れ上がった邪神が雄叫びをあげる。結界が薄くなっているのか、それとも邪神が強くなっているのか。邪神が咆哮するたびに、結界を維持している両腕にびりびりと衝撃が走る。
ライナスの息が荒い。彼はもう、とうに限界を迎えているようだ。エリザベスはいかにも辛そうな表情で、そんなライナスを見守っている。
もしライナスかエリザベス、どちらかの意識が途切れたら、結界は崩壊することだろう。
クローディアは魔力切れによる頭痛と吐き気をこらえながら、猛り狂う邪神を見据えた。
(結界が破られたら、残った魔力を振り絞って特大の爆炎魔法を叩き込んでやるわ)
もうこの際、中身があの二人だとか気遣っている余裕はない。どうせ死ぬことはないだろう。というか、死ぬのはクローディアの方だろう。
(それでも)
敵わぬまでも、最期まで戦ってやる。持てる魔力を使い尽くして、ユージィンが来るまでの時間を稼いで見せる。
原作世界と同様にリリアナとアレクサンダーに殺される羽目になるなんて、またなんとも皮肉な話だが、前世の記憶を取り戻したことが無駄だったとは思わない。だって記憶を取り戻してから、今までずっと楽しかった。大変なこともあったけど、毎日毎日楽しかった。短い間だったけど本当に――。
「クローディア!」
一瞬、己の願望が生んだ幻聴かと思った。
振り返ると、かすむ視界に、ようやく待ちわびていた姿――聖剣を携えたユージィン・エイルズワースの姿が映った。
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