123 私も一緒に背負わせて
「ねえ、クローディアさん、結界の中にいるのはアレクなの? アレクは一体どうしちゃったの?」
リリアナが血相を変えて問いかける。
「御覧のとおり、リーンハルト様は邪神に憑依されてしまったようです」
「邪神って、あの伝説の邪神? あれは悪に染まった人が取り憑かれるものなんでしょ? なんでアレクがそんなことになってるの?」
「それは本人に聞かないことには分かりません」
クローディアはそう言いながら、結界内の邪神アレクサンダーに目をやった。彼はリリアナの姿を前にして、より一層荒れ狂っているようで、とても話を聞ける状態ではない。
「とにかくリーンハルト様のことは私たちで対処しますから、リリアナ殿下は落ち着いて、あまりリーンハルト様を刺激しないように――」
「対処ってなに? そういえばこのメンバーが揃ってるのに、なんでお兄様がいないの? まさか……」
リリアナはそこではっとしたように息を呑んだ。
「まさか聖剣を取りに行っているの? お兄様はアレクごと邪神を斬るつもりなのね?」
「いえ、斬るのは邪神だけです。リーンハルト様はちゃんと助かります!」
「斬られた人が助かるなんて、そんなの、聞いたことないわ!」
リリアナは詰るように言ったあと、一転して「……クローディアさん、やっぱりアレクのこと恨んでたのね。自分のものにならないアレクなんて死んでしまえばいいって思ってるのね」と悲しげな口調で言葉を続けた。
「違います! 本当に邪神だけ斬れるんです。リーンハルト様は助かりますから、どうか落ち着いて下さい」
しかしリリアナはまるで聞く耳を持たない様子で、「もういいわ、アレクのことは私がなんとかして見せる!」と宣言し、結界の中に飛び込んでいった。クローディアは止めようと手を伸ばしたものの、結界に手を入れた瞬間焼けつくような痛みを覚え、反射的に引きぬいた。
「クローディア様、手が!」
ルーシーが悲鳴を上げる。見ればクローディアの手は、先ほどの女生徒の足のように爛れていた。結界内に充満している瘴気に触れたためだろう。
ルーシーが残ったポーションで手早く処置をしてくれたため、すぐに痛みは治まったが、仮にリリアナを追って全身で中に入っていたら、即死していたに違いない。
一方のリリアナはといえば、瘴気が充満している結界の中を、まるで意に介することなく進んでいく。
(これが、女神の加護の力……)
クローディアたちが固唾をのんで見守る中、リリアナはアレクサンダーの真正面に立ち、「ねえ、アレク、私よ、リリアナよ!」と呼びかけた。
「家に帰るつもりだったけど、やっぱりアレクのことが心配で戻ってきちゃった。バルモア語の先生はきっと今ごろカンカンね」
リリアナはてへっと笑って見せた。
「でも、いいわ。ヴィクターとの街歩きなんかより、アレクの方がずっとずっと大切だもの!」
リリアナが語るにつれ、アレクサンダーを取り巻く瘴気が、ほんの少しだけ薄くなってきたように思えるのは気のせいだろうか。
「ごめんね、アレク。最近の私はヴィクターのことばっかりで、きっとアレクには寂しい思いをさせていたのよね……。だけど、これだけは信じて欲しいの。私、一度だって大好きなアレクを忘れたことなんてなかったわ」
リリアナはそう言うと、ためらうことなく両腕を広げ、変わり果てたアレクサンダーを抱きしめた。その姿はまさに少女漫画の主人公、「困ったところもあるけれど、その明るさや素直さでみんなを救う王女様」であるリリアナ・エイルズワースそのものだった。
「本当にごめんなさい……。私、アレクが闇落ちするほど悩んでたなんて、全然知らなかったのよ。ねえアレク、なにか辛いことがあるのなら、全部私に話してちょうだい」
リリアナが抱擁しながら優しく語りかける度に、少しずつ、少しずつ、二人を取り巻く瘴気が薄くなっていく。これは主人公による奇跡だろうか。
「お願いアレク、私を信じて、心を開いて」
青黒かった肌の色も元に戻ってきたようだ。
「今アレクが背負っている物を、私にも一緒に背負わせて」
瘴気が消え、肌が健康的な色を取り戻し、そして――。
「だって私たち、お友達でしょ?」
リリアナがその言葉を口にした瞬間、まるで地雷を踏みぬいたかのように、収まりかけていた瘴気が一気に爆発した。
「よ、か、ろ、う」
響いてきたのは、先ほどクローディアの名を呼んだのと同じ、奇妙にしわがれた低い声。
「そ、の、ね、が、い、き、き、と、ど、け、た」
怒涛の勢いで溢れだした瘴気はまるで粘性の生き物のように膨れ上がると、ぱくりと大きく口を開いて、目の前のリリアナを呑み込んでしまった。
「え……え?」
「喰った……よな?」
「願いを聞き届けたって言った……?」
「リリアナ殿下……」
異様な光景を前にして、唖然としている四人のうち、最初に我に返ったのはエリザベスだった。
「みんな、気を付けて、来るわよ!」
次の瞬間、すさまじい圧力が結界の内から押し寄せてきた。それはこれまでとは比較にならない魔力量による暴力だった。
(な、なによこれ……!)
破られそうになる結界を必死の思いで維持しながら、クローディアは自問した。
これはどう考えてもアレクサンダー一人の魔力ではない。信じたくはないが、邪神はリリアナの莫大な魔力を取り込んでいる。――そう、まるでリリアナがアレクサンダーと共に邪神の依り代になったかのように。
(もしかして、リリアナが『一緒に背負わせて』って言ったから? 願いを聞き届けたって、そういうこと?)
おそらくそういうことなのだろう。
初めて魔術塔を訪れた際、ラフロイ侯爵が説明してくれた。光の女神は死後の救済を与える存在であるのに対して、邪神は生贄と引き換えに現世利益を与えることで人々の信仰を集め、急速に力を伸ばしていった、と。
すなわち邪神とは、人々の願いを叶える神なのだ。
リリアナが「今アレクサンダーが背負っている物を共に背負わせて欲しい」と願い、邪神が叶えた。その結果がこの状況なのだろう。光の女神による加護は、邪神との契約が成ったことで、無効化されたに違いない。
――などと考えている場合ではない。
「ルーシー様、魔力切れではありませんか?」
蒼白になったルーシーに、クローディアは思わず問いかけた。魔力量の少ないルーシーにとっては既に限界のようだった。
「すぐに結界から離れて、無理しないで休んでください!」
「でも……皆様も大変ですのに」
「休みなさいよ! 邪神を倒せてもルーシーさんが死んだらどうしようもないじゃないの!」
「そうだよ、これくらい三人でなんとかなるから、とにかく休め!」
三人がかりで説得されて、ルーシーはようやく結界から離れた。
とはいえ、それは単に休むためではなかったようだ。
「私、魔力回復ポーションを取ってきます。練習で作ったのがたくさんあるはずですから」
ルーシーはそう宣言すると、ふらつく足取りで薬学準備室の方へと歩きだした。
クローディアは「無理をしないでそのまま座っていて下さい」と伝えたかったが、口にすることは出来なかった。
このままいけば、クローディアたちだってそう長くはもたない。
結界内のアレクサンダーたちはどろどろとした瘴気の塊と化しており、なにがなにやら分からない化け物のような状態で、結界を内側から攻撃してくる。
リリアナの魔力量はクローディアには及ばないし、アレクサンダーだってエリザベスとライナスを合わせたよりも多いはずはないのだが、耐えがたいほどの圧力を覚えるのは、やはり邪神によって彼らの潜在力が引き出されているがゆえだろう。このままいけば、クローディアたちはじり貧だ。
(だけどルーシー様のポーションがあれば、もうしばらく維持できるわ。ユージィン様が戻ってくるまで、なんとかもたせられるはず)
クローディアが気を取り直して、ルーシーが去った方を見守っていると、突然、校舎が激しく揺れ動いたため、危うく転倒しそうになった。
角の向こうで重い物の倒れる音、ガラスの割れる音がする。
「ルーシー様! 大丈夫ですか? ルーシー様!」
「ルーシー嬢! 聞こえたら返事してくれ!」
「ルーシーさん、返事しなさいよ!」
繰り返し呼びかけるも返事はない。それはルーシーがクローディアたちの声が届かないところにまで行っているからか。あるいは――。
ふいに窓が暗くなり、大きな影が次々に外を横切っていくのが見えた。
(あれは有翼魔獣? こんなところに有翼魔獣の群れが……)
方角からして、王都の中心部へと向かっているようだ。
一般に、比較的知能の高い有翼魔獣は強力な魔術師がいる都市部には近づかないものである。一匹や二匹ならともかく、これは明らかに異常事態だ。
校舎は地響きと共に、断続的に揺れ続けている。
魔獣の大量発生と集団暴走、そして天変地異。
邪神復活に伴う地獄が始まろうとしている。
ユージィンはまだ来ない。
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