121 復活
ラフロイ侯爵はエニスモア学院長がモートンにユージィンを――光の女神の加護を受けた人物を憎悪するように仕向けた事実を重く見て、すぐに学院長の身柄確保に動いた。
時間的に学院長が帰宅しているか否か判断がつかなかったので、複数名の腕利きの宮廷魔術師をエニスモア侯爵邸へと向かわせる一方、ラフロイ侯爵自身は部下を従えて王立学院へと赴いた。クローディアたちも別の馬車でラフロイ侯爵に同行した。
学院に向かう馬車に揺られながら、クローディアは自責の念に駆られていた。原作でクローディア・ラングレーを邪神の依代に選んだのは、その莫大な魔力量を把握できる人物――この手掛かりに、なぜもっと早く気付けなかったのか。
王立学院の入学審査では、簡単な学力テストと共にアーティファクトによる魔力量の測定がある。エニスモア学院長はその結果を見てクローディアに目を付けたのだろう。
アレクサンダーにリリアナの世話を任せたのも、最初からクローディアを嫉妬に狂わせることが目的だったに違いない。リリアナの母アンジェラが数多くの婚約破棄を引き起こしたことを鑑みれば、二人を共に行動させればなにが起こるかは自明の理だ。
(……考えてみれば、王女殿下のお世話係として、婚約者のいる男子生徒を指名すること自体おかしいのよね。普通は同性を付けるだろうし、異性ならせめてオズワルド・クレイトンみたいに婚約者のいない生徒を選ぶはずだもの)
学院長の思惑通り、原作世界におけるクローディアはものの見事に闇落ちした。そして学院長は頃合いを見計らってラングレー邸を訪問し、不登校の生徒を心配する心優しい学院長の顔をしながら、あのペンダントを差し出したのだろう。
(だけど今生の私はアレクサンダーとの婚約を解消したから、もう依り代にはなり得ない。……学院長がその次に目を付けたのは、エリザベス様じゃないかしら)
学院長が演習点をゼロにする措置についてあっさり了承したのは、ダミアンに跡取りの座を奪われたエリザベスが、元凶のリリアナを恨んで闇に染まることを期待したからではなかろうか。
いや、そもそもあの措置自体、学院長による誘導だった可能性が高い。世間話を装って、「ここだけの話だけど、ダミアン君のお姉さまは成績がギリギリなのよ」「演習点がなかったら卒業できないかもしれないわ」などと伝えることで、オズワルドやモートンを操って隠れ蓑にすることなんて、彼女の立場なら造作もないことだろうから。
しかしエリザベスは卒業して公爵となり、依り代候補からは脱落した。
同様にモートンも候補の一人だったのだろうが、彼は思いのほか小心者で、ユージィンを憎むよりもひたすら怯えるばかりだったので、やはり候補から脱落した。
付け加えると、オズワルド・クレイトンも王都に留まっていたら標的になっていたのだろうが、彼は母親の尽力によって異国の商会に入ったため、それと知らずに難を逃れた。
アレクサンダー・リーンハルトも標的になっていた可能性があるが、ユージィンが地下神殿の件を問わないと保証したことで、その可能性はなくなったと見ていいだろう。今日もクラスの友人たちと、文官になったらこんな部署に行きたいとか、こんな仕事をやりたいとか、楽しそうに語り合う姿を観測している。
(もしかしたらフィリップ・エヴァンズも……ううん、ないわね。あれは王族とは無関係の完全な自業自得だし、そもそもあの脳筋に闇落ちするような神経があるとは思えないし)
――ともあれ、ここまでの学院長の行動は、「全て邪神を復活させるためのもの」として理解することが可能である。ただ分からないのは、彼女がいかなる手段でペンダントを盗み出すつもりだったのかだ。
エニスモア学院長は近年、王宮舞踏会やエイルズワース祭のような公式行事を除いては、王宮に出入りすることはほとんどないと聞いている。原作においても、学院長がプライベートで王宮を訪れていた描写はない。いくらリリアナと親しいとは言っても、生徒と学院教師の間には、明確に線引きがあるのだろう。
ただひとつ、彼女に機会があるとすれば――などと考えている間に、馬車は王立学院に到着した。
クローディアたちが馬車から降りると、ちょうどエニスモア学院長が王立学院の建物から出てきたところだった。
「ラフロイ侯爵……?」
学院長が驚きに目を見張る間もなく、二人の宮廷魔術師が流れるような連携によって彼女に拘束魔法を使った。
「ラフロイ侯爵、一体なんですの? これは」
「エニスモア学院長、貴方には邪神復活を企んだ容疑がかかっているのです」
「邪神復活? なぜ私がそんな恐ろしいことを企まねばならないのですか?」
「それは私が訊きたいことです。貴方は元学院教師であるハロルド・モートンに、ユージィン殿下が彼の命を狙っていると吹き込んだそうですね」
「モートン先生に? 彼とは学院を辞めて以来、一度も会っていませんが……」
「いえ、就職先を紹介すると言う名目で、定期的に連絡を取っていたはずですよ。そして会いに来た彼に、ユージィン殿下が彼を処刑するつもりだと言って脅したと聞いています」
「そんな……とんでもないでたらめです。何故彼がそんなことを言ったのか分かりませんが、もしかしたら、私が彼を解雇したことを恨んでいるのかもしれません」
「彼の言ったことは真実です。アーティファクトで既に証明されています」
ラフロイ侯爵は淡々とした口調で説明した。実際、ハロルド・モートンは自分が命を狙われているのではないと繰り返し説明されたことで、ようやく人心地ついたらしく、エニスモア学院長からどんな風に騙されたかについて怒りと共に説明し、アーティファクトによる証明にも積極的に応じてくれた。
「それでは、彼の妄想でしょう。私には全く心当たりがありません」
学院長はいかにも困惑した表情で言ったあと、「ここで押し問答をしても無駄なようですね……。生徒にこんな姿を見られては動揺させてしまいますから、魔術師団の本部でもどこへでも同行しますわ」と自ら申し出た。
「ただし、侯爵家当主である私に対するこの仕打ちについては、あとできちんと問題にさせていただきます」
「もちろん、それは構いません」
学院長は二名の宮廷魔術師に拘束されたまま、ラフロイ侯爵家の馬車に乗り込んだ。
「無事に確保できました。ユージィン殿下、ご協力ありがとうございます。取り調べによって分かったことはすぐに報告いたします」
「ああ、頼む」
ユージィンが言うと、ラフロイ侯爵と宮廷魔術師たちはそれぞれの馬車に乗って宮廷魔術師本部へと戻って行った。これから本部においてエニスモア学院長の尋問が行われるのだろう。
「……なんか、思ったより大人しかったな」
「この人数を見て観念したんじゃないの? ユージィン殿下やクローディアさんもいるんだし、どう考えても敵わないでしょ」
ライナスとエリザベスのやり取りを聞きながら、クローディアは釈然としない思いだった。
本当にそうなのだろうか。学院長の従順な態度は、まるで皆を早くここから――王立学院の校舎から引き離そうとしているかのように見えたのは気のせいか。
クローディアがそんなことを考えていると、エリザベスが「それじゃ、そろそろ戻りましょ」と皆に声をかけてきた。
「ユージィン殿下、我が家の馬車で王宮までお送りしますわ。みんなも順番に送るから乗ってちょうだい」
エリザベスに促され、ユージィンやライナスがブラッドレー家の馬車に向かいかけたとき、一番校舎に近いところに立っていたルーシーが「あの、待ってください」と声を上げた。
「今、なんだか、悲鳴みたいなものが……」
「悲鳴? 校舎の方から聞こえたのか?」
「はい、あの、聞き間違いかもしれませんけど」
「ライナス、校舎の中にいる人間について探索を頼めるか?」
「はい、お任せください」
ややあって、ライナスが「院長室の前に二人いるようなんですが……一人はなんだか変な感じです」と戸惑ったように口にした。
「変な感じって、なんなのよ、それ」
「それが分からないから変な感じって言ってるんだよ」
「とりあえず院長室の方に行ってみよう。誰かが不審者に襲われているのかもしれない。みんな身体強化を使ってくれ」
ユージィンの一声で、五人は身体強化を発動させて、校舎に足を踏み入れた。
先頭を切って院長室へと向かいながら、クローディアは言いようのない胸騒ぎを覚えていた。
学院長がペンダントを盗むことが出来た唯一の機会。それは他でもない十五年前のリリアナ王女誘拐事件だ。
王宮の警備が強化されたのは、誘拐事件がきっかけだ。言葉を変えれば、それ以前は今よりも警備が甘かったということである。ことに王女が誘拐された直後なら、その大混乱に乗じてペンダントを盗み出すことは容易だったに違いない。
むろんそれは事件発覚の際に王宮にいることが前提だが、仮に学院長が親友のアンジェラから誘拐計画を事前に打ち明けられていたとしたら、簡単だ。
あるいはもしかすると、あの計画自体、学院長が仕組んでいたのかもしれない。親友への見舞いと称してアンジェラの元を訪れては、病で気弱になっているアンジェラに「陛下は立場上、国民の安全が最優先だもの。リリアナ様を守って下さらないわ」と焚きつけるのは、難しいことではないだろう。
つまりペンダントはこれから奪われるのではなく、既に奪われているのだ。十五年も前に。
――いや、なんというか、普通だな。もっと禍々しい気配を感じるかと思ったが、特になにも感じない。
ユージィンがペンダントに触れたときの科白が、クローディアの脳裏によみがえる。
仮にペンダントが偽物とすり替えられているのなら、邪神はもういつ復活してもおかしくない状態ということだ。
(でも……仮にそうだとしても、依り代がいないから、まだ大丈夫なはずだわ)
クローディア、エリザベス、モートン、オズワルド、アレクサンダー。可能性のあった者は皆、依り代となる立場から逃れている。
だから、まだ大丈夫なはずだ。
ルーシーの聞いた悲鳴はユージィンの言う通り、不審者に対するものなのだろう。あるいは迷い込んできた魔獣か、あるいは――。
「いやぁ! 来ないで!」
院長室の前に、二人の男女の姿が見えた。
女性の方は床に尻もちをついた状態で後ずさりながら、目の前に立つ男性から必死に距離を取ろうとしている。一方の男性は傲然と女性を見下ろしていたが、クローディアたちの足音に気付いたのか、ふいにこちらに振り向いた。
その顔は、クローディアが良く知っている男性のものだった。
「……リーンハルト様?」
アレクサンダーはクローディアの姿を認めると、まるで誕生日プレゼントをもらった幼子のような、輝くばかりの笑みを浮かべた。
「く、ろ、お、で、あ」
クローディアが彼の胸にかかるペンダントに気が付いた瞬間、アレクサンダーの全身から瘴気とも汚泥ともつかないどろどろしたものが噴出して、クローディアに襲い掛かった。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、下の☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると大変励みになります!





