12 お友達ができました!
二人の会話は最初のうちはぎこちなかったが、やがてルーシーの趣味が読書で、とりわけ恋愛小説が大好きと分かってからは、もっぱらその話題で盛り上がることができた。と言ってもルーシーがお気に入りの本を紹介し、クローディアが興味津々に耳を傾けて、あれこれ質問するという一風変わった形式だ。
かつてのクローディアは「アレク様」に夢中だったため、その手のものにはまるで関心がなかったが、小説や漫画が大好きだった鈴木律子の記憶を取り戻したことで、フィクションの世界に再び興味を持つようになった。そこで療養期間中も勉強の合間に伯爵邸の図書室を訪れてみたのだが、なにやらお堅い作品ばかりで、「この世界の小説ってこういうものなのかしら」と少々気落ちしていたのである。
しかしルーシーの話によれば、この世界にもわくわくするような物語がたくさんあるようだ。
「本当に素敵ですわ。それで結局主人公は王子様と結ばれるんですの?」
「そこまで申し上げたら読む楽しみが半減してしまいますわ。あの、よろしかったらお貸ししますから、ラングレー様もお読みになってみませんか?」
「まあ、貸していただけるんですの? それは楽しみですわ!」
「私もあの作品の感想をラングレー様と語り合うのが楽しみですわ」
ひとしきり盛り上がったあとで、ルーシーはしみじみとした調子で言った。
「……それにしても、ラングレー様があんまり変わられたので驚きましたわ。ラングレー様はリーンハルト様に夢中なのだとばかり思っていました」
「ええ、本当に夢中でしたわ。だけどリーンハルト様に酷いことを言われて、すっかり冷めてしまいましたの」
クローディアは先日の出来事をかいつまんで打ち明けた。
「言われたときはそりゃもうショックでしたけど、あとになって色々考えているうちに、あの方のどこが好きだったのかさっぱり分からなくなりましたの。だって仮にも婚約者にそんなことを言うなんて、最低の屑じゃありませんこと? 好き嫌いは仕方のないことですけど、だからといって婚約者を踏みつけにしていい理由にはなりませんわ!」
「え、それはまぁ、そうかもしれませんわね……」
なぜか動揺しているのは、フィリップ・エヴァンズの自分に対する振る舞いについて考えているのかもしれない。
「でしょう? ですからあんな屑とは手を切って、もっと建設的な生き方をすることに決めましたの! 将来のために真面目に勉強をしたり、お友達を作ったり……」
言いかけて、クローディアはふっと真顔になった。
「ところでアンダーソン様、折り入ってお願いがあるのですけど」
「お願い? 私にできることでしょうか」
「はい。アンダーソン様にしかできないことですわ」
「まあ、一体なんでしょう」
「大変不躾なお願いなのですが……よろしければ、私のお友達になっていただけませんか?」
一体なにを頼まれるのかと不安げだったルーシーは、その言葉に噴き出した。
「まあ、ラングレー様ったら。もちろん大歓迎ですわ」
「ああ良かった、ちょっと不安でしたの。それじゃ私のことはラングレーではなくクローディアと呼んでいただけますか?」
「はい。それじゃ私のことはルーシーと呼んでくださいな」
そしてクローディア・ラングレーは今生で初めての友人ができた。
そんなわけで、初日は大成功かと思いきや、最後の最後に波乱が起きた。
それはクローディアが「初めての友人」ことルーシー・アンダーソンと連れだって、馬車置き場へと向かっているときのこと。
「それじゃ一度我が家においでいただけませんこと?」
「まあ、よろしいんですの?」
「ええ、是非。クローディア様にお見せしたい本がたくさんありますの」
「それは楽しみですわ!」
などとはしゃぎながら歩いていたところ、ふいに見覚えのある少女が二人の前に現れた。
「クローディアさん、久しぶり!」
華やかなストロベリーブロンドにつぶらな瞳。上向きにカールした長いまつげ。ふっくらした唇。その周囲だけ空気が違って見えるほどの、輝くばかりの愛らしさ。
王女にして生徒会副会長、そしてこの世界の主人公。リリアナ・エイルズワースのご登場である。