118 見逃してやってくれ
「亡くなってるんですよねって、なによそれ。急になにを言い出すのよ」
エリザベスが困惑の声を上げる。
「いえ、棺の蓋を開けられないほど遺体の損傷が激しかったと聞いたので、もしかしたら別人の可能性もあるんじゃないかって思いましたの。それに――」
クローディアは先日ラフロイ邸であったことを説明した。
三階のバルコニーに、長身痩躯でぼさぼさ頭の男性が佇んでいたこと。男性はクローディアに気付いた途端、人目を避けるように引っ込んでしまったこと。ラフロイ侯爵に尋ねたら、三階には誰もいないと言われたこと。
「その男がエドガー・ラフロイだっていうの?」
「あくまで可能性です。ただ、仮にエドガー・ラフロイが生きているとしたら、当然王家を恨んでいるはずですし、邪神復活を企んだとしても不思議はありませんわ。そしてラフロイ侯爵は、それを知っていながら匿っているのかもしれません」
死んだと思っていた息子と再会したとき、ラフロイ侯爵の喜びようは大変なものだったに違いない。その息子から王家への恨み辛みを聞かされたうえ、「復讐したいから協力してほしい」と懇願されて、拒み切れなかったとしたら、どうだろう。
「あの、私もラフロイ侯爵様ご本人が王家を恨んでことを起こそうとしているより、そちらの方がまだしっくりくるような気がします」
ルーシーがおずおずと賛同した。
「その人物が何者かはまだ判断できないが、ラフロイ侯爵がクローディアに嘘をついたというのは気になるな」
ユージィンが考え込むように言うと、ライナスも「同感です。侯爵はクローディア嬢を後継にと考えるほど目をかけているわけですし、そのクローディア嬢から隠そうとするのは、よっぽどの事情があるってことだと思います」と同調する。
そして皆で話し合った結果、これから侯爵邸に出向いて、直接ラフロイ侯爵本人に確認しようという結論に落ち着いた。
その際、万が一のことを考えて近衛騎士や宮廷魔術師を伴うことも検討されたが、大ごとにすると侯爵に伝わって、逃亡や罪証隠滅の恐れがあるということで、その案は採用されなかった。
またライナスが「危険があるので女性陣はブラッドレー邸で待機していたら」と提案したものの、「なに寝惚けたこと言ってるのよ。危険があるなら私の結界が必要でしょ」「戦闘力についてはあえて申し上げませんけど、例の男性を見たのは私だけですから、私が行かないと話になりませんわ」「あの、私はあまりお役に立てないかもしれませんけど、皆様と一緒に行かせてください」と女性三人が反論し、結局五人そろって侯爵邸に向かうことと相成った。
到着したラフロイ邸は、相変わらず木々が鬱蒼と生い茂っていて陰鬱な雰囲気に包まれていた。
「ライナス、頼む」
ユージィンの指示にライナスは「畏まりました」とうなずいて、得意の探索魔法を展開させた。
ややあって、「一階に七名。それから三階に一名。男性のようです」と緊張した声でユージィンに告げる。
一階にいるのは侯爵と使用人だろう。そして三階にいるのが目当ての人物だと思われる。ユージィンが従僕に取次を頼むと、ラフロイ侯爵が慌てた様子で屋敷の中から現れた。
「これはユージィン殿下、先ぶれもなくおいでになるとは、一体なんの御用でしょうか」
侯爵は困惑をあらわにしながら、当然の疑問を口にした。
「単刀直入に言う。この屋敷の三階にいる人物の素性について教えて欲しい」
ユージィンが静かな口調で告げると、侯爵はびくりと肩を震わせた。
まさにその瞬間まで、クローディアはほんの少しだけ期待していた。
先日はただなんとなく言葉を濁してしまっただけで、次期国王であるユージィンが真正面から問いかけたなら、ラフロイ侯爵はきちんと答えてくれるのではないか。そしてなんの問題もない人物であることが、明らかになるのではないか、と。
しかしクローディアの願いもむなしく、ラフロイ侯爵は視線を落として、「……いえ、三階には誰もおりません」と先日と同じ科白を口にした。
「あいにくだが、三階に人がいることは既に確認済みだ。もう一度聞く。三階にいる人物は何者だ?」
侯爵は俯いたまま答えない。
「貴方がそうやって彼を庇おうとするのは、もしかしてご子息が関係しているのか?」
ユージィンの言葉に、侯爵ははっとしたように顔を上げた。その表情から、図星であることが見て取れる。
「ラフロイ侯爵、彼はもしかして――」
皆まで言い終わらぬうちに、ライナスが「殿下!」と焦った声を上げた。
「三階の男が裏口から逃走しようとしています!」
クローディアは指示を待たずに身体強化を発動させると、思い切り地面をけって跳躍した。高く、高く、三階分の高さを越えて、一気に屋根まで到達する。
上に立って向こう側を見下ろせば、まさに今、くだんの男性が屋敷の裏手に広がる林に駆け込もうとするところだった。
「頼む、見逃してやってくれ!」
背後から悲壮な声がする。尊敬していた未来の上司が、なりふり構わずクローディアに懇願している。
クローディアは胸の痛みを覚えたものの、躊躇うことなく屋敷の裏手に飛び降りて、逃げる男性のあとを追った。
男性も身体強化を発動させているらしく、右へ、左へ、方角を変えながら走り続けて、距離はなかなか縮まらない。身体強化でクローディアに走り負けないとは、相当の魔力の持ち主か、あるいはかなりの手練れなのか。
――とても優秀な方で、次期魔術師団長になることを期待されていたのよ。
ヴェロニカ王妃の言葉がクローディアの脳裏によみがえる。まあ、だからといって後れを取るつもりは毛頭ないが。
男性のあとを追いながら、クローディアは先日授業で習った失神魔法を試みたが、察した男性に避けられた。二度目に放った失神魔法は男性の結界に阻まれた。
三度、四度と同じことを繰り返したのち、クローディアはいったん足を止めた。そしてすうと息を吸い込むと、全身を巡る魔力を右手のひらへと誘導し、みるみる小さくなっていく男性の背中に狙いを定めて、渾身の失神魔法を解き放った。
一瞬のち、結界を破壊した手応えと共に、男性の身体が人形のように崩れ落ちる。
(やった!)
クローディアは急いで男性のもとに駆けつけて――思わず我が目を疑った。
ぼさぼさの髪にこけた頬。やつれ果てたその姿に、かつての美男子ぶりは見る影もないが、こうして間近で目にすれば、正体を間違えようはずもない。
「なんで? なんでこの人がここにいるの……?」
先日、彼を目にした瞬間、「見覚えがある」と思ったのも当然だ。
白目をむいて倒れていたのは誰あろう、あの「陰険教師」ことハロルド・モートンだったのである。
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