116 エドガー・ラフロイの真実
翌日の放課後。クローディアは予定通りルーシーと共にブラッドレー邸を訪問した。
エリザベスによれば、ユージィンとライナスは遅れてくるとのことだったので、女三人でお茶を飲みつつ情報交換することになったわけだが、クローディアもルーシーも特に提供できるものはなく、エリザベスも「アデライド親子かと思ってたんだけど、特に怪しいそぶりはなかったわ」と軽く肩をすくめて見せた。
「あ、それからクレイトン親子でもなかったわよ。オズワルド・クレイトンが働いている隣国の商会の会長がたまたまうちの寄子の親族の友人だったものだから、伝手をたどって探りを入れてみたんだけど、彼は商人として成りあがってやるって意気込んで、前向きに頑張っているらしいわよ。周囲からも『元貴族とは思えないくらいに平民の慣習に通じている』って、かなり評判がいいんだとか」
「まあ、きっととても努力なさったのですね」
ルーシーが笑顔で好意的な感想を述べる。
「ええ、彼もあとがないから色々と必死だったんじゃない? クレイトン伯爵の方は降格してしばらくは落ち込んでいたそうだけど、妻のクレイトン夫人が献身的に支えたことで、だいぶ立ち直ってきたみたいね。養子に迎えた親族に当主の役割を引き継いだあとは、どこか保養地でのんびりしようかって夫婦で話し合っているそうよ」
「それじゃ確かにクレイトン親子が関わっている可能性は低いようですわね」
「でしょう? ライナスは『俺の推理は根拠がある』なんて言ってたけど、大外れだったっていうわけよ」
エリザベスは勝ち誇ったように笑って見せたが、ライナスの「クレイトン親子犯人説」を手間暇かけて検証してあげている辺り、ある意味親切だといえなくもない。
「――ところでエリザベス様」
クローディアは軽く咳払いしてから呼びかけた。
「実は私、以前からエリザベス様にお聞きしたいことがあったんです」
「なによ、急に改まって」
「エリザベス様ってライナス様のことをどう思ってらっしゃいますの?」
クローディアの問いかけに、エリザベスはたっぷり三十秒は固まってから「どうって別に、従弟よ? 従弟以外のなにがあるっていうのよ!」という取って付けたような答えを返して寄越した。
「いえ、行事があるごとに当然のようにパートナーになっていらっしゃるので、そろそろ次の段階に進めばいいのに、と思っていましたの」
「次の段階ってなによ、次の段階って。私とライナスにそんなものあるわけないでしょう?」
「あの、私も前からお二人は気の置けない感じで、とても素敵な関係だなって思っていました」
「ルーシーさんまで、いきなりなにを言い出すのよ! そりゃ確かに気を使わなくていいし、楽だけど、それだけよ? 第一私とライナスは跡取り同士だから、どうこうなるなんて絶対あり得ないわよ」
「でも跡取り同士で結婚している方もいらっしゃいますよね」
「だから、そういうのってお互いよっぽど大好きで、色々な面倒なことを乗り越えるくらいの情熱がある場合でしょう? 私には別にそんなものないもの。まあ、ライナスがどうしても私と結婚したいって泣いて懇願してきたら、一応考えてあげないこともないこともないかも知れないけど」
顔を赤くして力説するエリザベスを前に、クローディアとルーシーは互いに顔を見合わせた。
実を言えば今日の昼休み、クローディアはライナスにも同様の質問をしているのだが、返って来た答えは「俺とエリザベスがどうこうって、そんなのあるわけないだろう?」「そりゃ、まあ、エリザベスが俺と結婚したいって言うなら、俺も考えないわけじゃないけどさ」というものだった。
「なんていうか、さすが従姉弟同士ですわね」
「なによそれ、どういう意味よ」
「いえ別に、言葉通りの意味ですわ」
もしかすると、この二人は十年経ってもずっとこんな感じなのかもしれない。なにか余程のきっかけ――それこそ生命の危機にでも晒されない限り、これ以上の進展は見込めないのではあるまいか。
クローディアがそんなことを考えながら遠い目をしていると、ふいにノックの音が室内に響き、執事が扉の向こうから、「ライナス・アシュトン様がお見えです」とエリザベスに告げた。
「追い返して」
「はい?」
「追い返して」
「……畏まりました」
ややあって、ライナスが「なんでだよ!」と言いながら部屋に押し入ってきた。
「なんとなく顔を見たくない気分だったのよ」
「なんとなくで人を追い返すなよ! せっかくアデライド親子について色々と調べてきてやったのに!」
そんな風にして、邪神対策の会合はその主題に似合わぬ弛緩した空気で進んでいたわけだが、その後ユージィンが現れたことで状況は一変した。
「王族を恨んでいる可能性のある高位貴族について情報があった。……他でもないラフロイ侯爵だ」
ユージィンは遅れたことを詫びたあと、その日の本題を切り出した。
「あのラフロイ侯爵が王族を恨んでいるのですか?」
クローディアが驚いて聞き返すと、「あくまで可能性の話だ」との返事。
「父がラフロイ侯爵に恨まれても仕方のないことをしているんだ。彼の一人息子だったエドガー・ラフロイについては知っているか?」
「ええ、とても優秀な方で将来を嘱望されていたけど、魔獣狩りの最中に命を落としたとうかがっています」
「その死に方についてなんだが……母が言うには自殺だった可能性があるそうだ。つまり彼は最初から死ぬつもりで、あえて無謀な魔獣狩りに挑んだのではないか、と」
ユージィンがヴェロニカ王妃から聞いた話によれば、エドガー・ラフロイは亡くなる数日前に、当時王太子だったマクシミリアンに呼びだされ、『アンジェラに対する悪質なストーカー行為』について強く叱責されたうえ、『今後は二度とアンジェラと会うな、王宮に足を踏み入れることも許さない』と告げられたらしい。
アンジェラは卒業後、側妃として王宮に入ることが予定されているので、その王宮に近づくな、ということらしいが、王宮に出入りできなければ、エドガー・ラフロイは宮廷魔術師としても侯爵家の次期当主としても完全に道を閉ざされる。
「おまけにその『ストーカー行為』というのは、言いがかりに近いものだったらしい。母が見たところ、アンジェラ様とエドガー・ラフロイの関係は良好で、別に付きまとわれて迷惑している様子ではなかったそうだ。休日には一緒に出掛けたりもしていたらしい。といっても二人きりではなく、友人のエニスモア学院長も同行していたから、お互い不貞を働いている意識はなかったのだろうが……父はそれが気に食わなくて、理由をつけて彼を排斥したかったのではないか、と」
「それはなんというか、随分な話ですわね」
エリザベスが呆れた声を上げ、ライナスも「側妃となることが決まっている相手と一緒に出かけるのは軽率だけど、二人きりではなかったんだし、ちょっとやり口が酷すぎますね」とうなずいた。
「ああ。母はさすがに不当だと言って父を諫めたが、まるで聞く耳を持たなくて、かえって意固地になっていたそうだ。それで『もう少し時間をおいてから、誰か他の人に説得してもらおう』と思っていたら、エドガー・ラフロイ死亡の知らせが飛び込んできた、と」
「それで、ラフロイ侯爵はそれをご存じなんですか?」
クローディアが問いかける。
「母は侯爵に伝えていない。伝えるべきか悩んだが、ただでさえ憔悴している侯爵に、『ご子息は事故ではなく自殺かもしれません』と告げたところで傷をえぐるだけだろうと。……しかし誰か事情を知っている者が侯爵に伝える可能性はある」
「そうですわね……」
クローディアが知る限り、ラフロイ侯爵の言動に邪神復活を企んでいるとうかがわせるようなものは欠片もないが、仮にそれが息子の受けた仕打ちを知らなかったがゆえだとしたら、今後彼の考えがどう変わるかは分からない。
いや、それとも既に変わっているのか?
最後に会ったとき、侯爵はどんな様子だったろう。
(一番最近会ったのは、エイルズワース祭の式典のときだったかしら。でもあれは遠目に見かけただけだったし。言葉を交わしたのは、アーティファクトを借りに侯爵邸に行ったときが最後よね、あのときは確か――)
そこでクローディアは息を呑んだ。
――客って、なんのことだね?
――君の見間違いだろう。三階には誰もいないはずだ。
クローディアが三階のバルコニーにいた男性について尋ねたところ、ラフロイ侯爵はこわばった表情を浮かべて彼の存在を否定した。
侯爵はなぜ男性をクローディアから隠そうとしたのか。
あの男性は一体何者なのか。
ただ覚えているのは痩せた身体付きとぼさぼさの髪。整った鼻筋や口元。そして直感的に「どこかで見たことがある」と感じたこと。
「クローディア様、どうかなさったのですか? 顔が真っ青です」
ルーシーが心配そうに問いかける。
「いえ、なんというか、その」
クローディアはごくりと生唾を飲み込んだ。
「その、我ながらおかしな思い付きなのですが……ラフロイ侯爵のご子息って、本当に亡くなっているんですよね?」
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