113 協力要請とアレクサンダーの奇行
翌日。クローディアは以前から予定されていた昼食会に出席するためにブラッドレー邸を訪れた。
昼食会の趣旨は、「エイルズワース祭も終わってみんな暇になったから、打ち上げも兼ねて集まろう」というものだったが、今日のクローディアにはもう一つの目的があった。
言うまでもなく、邪神の依り代候補、及び邪神復活を企む黒幕探しの協力要請である。
むろんユージィンには事前に話を通している。王家の秘密を話すわけにはいかないが、ラングレー家の極秘事項に絡めて「邪神復活を企む人間がいるかもしれない」と伝えるのは問題ないだろうと言ってクローディアに賛同してくれた。
クローディアは公爵家の厨房が腕を振るった料理に舌鼓を打ちながら、四人の仲間と共にエイルズワース祭のあれやこれについてひとしきり盛り上がったのち、「実は今日、皆様に折り入ってお願いしたいことがあるんです」と話を切り出した。
そして昨日と同様の説明をして、「賓客のおもてなしについても協力していただいたばかりなので大変申し訳ないのですが、どうか力を貸してくださいませ」と頭を下げた。
隣でユージィンも「私からも頼む。どうか皆の力を貸して欲しい」と付け加える。
対するライナスは例によって例のごとく「もちろん、喜んでご協力させていただきます!」と勢い込み、エリザベスも「もちろん私も全面的に協力させていただくつもりですわ!」と力強く宣言した。
ルーシーも「あの、私もできることがあれば何でもさせていただきます」と申し出たのち、「それで、依り代の方は魔力量が多くて光の女神様やその加護を受けた方々を憎んでいる人、黒幕はその周囲で不審な行動をとっている人で、最低限の魔力持ち、という理解でよろしいのでしょうか」と問いかけた。
「ええ、それで合ってますけど、黒幕はそれに加えて高位貴族など、社会的地位の高い人物の可能性が高いですわ」
クローディアが答えると、ユージィンは「社会的地位が? それは私も初耳だが」と怪訝そうに口を挟んだ。
「ええ、追加情報ですわ。昨日、帰宅してから占星術師が遺した予言書を改めて確認したところ、隅っこの方に小さく水色の文字でそんなようなことが書いてありましたの」
「そ、そうか」
ライナスが「なんだか詐欺師の契約書みたいな予言書だな……」とつぶやく一方、エリザベスは「分かったわ。高位貴族が絡んでる可能性が高いから、私たちに協力を求めてきたのね!」とうなずいた。
「我がブラッドレーの情報網を使って、高位貴族で王家に恨みを持っている人間や、その周囲で不審な動きを見せている人間がいないか調べておくわ。私の勘ではアデライド公爵か、娘のジェイン・アデライドが怪しいと思うのよね」
「お前、それって単なる私怨じゃないのか? アデライド家って昔からブラッドレー家と対立関係にあったよな。ジェイン・アデライドには個人的にもいじめられてたし」
「私怨じゃないし、いじめられたこともないわよ! ただああいう性根の腐った人間は邪神復活を企んでも不思議じゃないって思っただけよ。そういうライナスは誰が怪しいと思うのよ?」
「俺か? 俺はクレイトン親子が怪しいと思う。元高位貴族まで含めて良いなら、だけど」
「貴方の方こそ私怨じゃないの? アシュトン家って昔クレイトン家に追い落とされたのよね、確か」
「追い落とされてないし、俺のはちゃんと根拠があるから! クレイトン伯爵は国王陛下に切り捨てられて幽閉の罪を押し付けられたし、オズワルド・クレイトンだってユージィン殿下にこてんぱんにやっつけられて、挙句に平民落ちしたわけだから、二人とも王家に恨みを持つ理由はあるだろう? 自暴自棄になって邪神復活を企んだっておかしくないぞ」
ライナスはそう言ってから、はっとした様子でユージィンの方に向き直り「あ、いえ、もちろんユージィン殿下に責任があると言いたいわけじゃなくて、完全にクレイトンの逆恨みですけど!」と慌てた様子で付け加えた。
そんな風にしてあれこれと話し合ったのち、「三日後に再びブラッドレー邸に集まって、それぞれが集めた情報を交換しよう」と約束してから、その日の昼食会はお開きとなった。
ブラッドレー邸から帰宅したのち、クローディアは探偵から届けられた調査報告書に目を通した。昨日依頼したばかりとあって、さしたる収穫はなかったが、唯一目を引いたのがリーンハルト公爵に関するものだ。
リーンハルト邸出入りの商人や付近を担当する道路掃除夫に聞き込み調査をしたところ、エイルズワース祭の翌日の朝、リーンハルト公爵の次男アレクサンダー・リーンハルトが馬車で屋敷を出てから二時間後に、何故か徒歩で帰宅した姿が複数人によって目撃されており、その夢遊病者のような足取りや虚ろな表情が彼らの間で噂になっていたという。
(エイルズワース祭の翌日の朝……もしかして、ヴィクター王太子の件でリリアナに会いに行ったのかしら)
エイルズワース祭当日の晩、アレクサンダーは公爵夫妻から式典当日に起きた騒動について聞かされて、翌日リリアナ本人に事実を確認しに行った。そしてリリアナからヴィクターと結婚する旨を宣言されて、ショックの余り茫然自失となっていた、と、まあそんなところではあるまいか。
(原作ではリリアナと結ばれる未来が暗示されていたのに、ずいぶんとずれてきたもんよね、本当に)
そんなことを考えながら、報告書を引き出しにしまおうとして、ふと手が止まる。
もしかして、いや、もしかしなくても、今のアレクサンダーには『光の女神の加護を受けた人間』ことリリアナ・エイルズワースを憎む理由があるのではなかろうか。
たかが失恋。されど失恋。原作のクローディアが闇落ちした原因だって元はと言えば失恋だ。
(……でも原作の私と今のアレクサンダーじゃ状況がだいぶ違うし、同列には扱えないかしら)
原作のクローディア・ラングレーにとって、アレクサンダー・リーンハルトは十歳のころから婚約している相手である。その婚約者から「お前を見ていると虫唾が走る」「結婚しても生涯お前を愛することはない」と暴言を吐かれたうえ、思い余って彼を襲いに行って返り討ちにあい、顔に大やけどを負っている。客観的に見てかなり悲惨な状況だ。
それに対してアレクサンダーは別にリリアナと婚約していたわけではないし、あのリリアナから「アレクを見ていると虫唾が走るわ!」などと罵倒されることもないだろう。彼の場合は「ふわふわとした片思い」が片思いのまま終わった、ただそれだけの話である。
気の毒と言えば気の毒。とはいえ世間的にはいくらでもある学生時代の失恋だ。
(それにアレクサンダーは「俺はリリアナ様を純粋に敬愛しているんだ!」と熱弁してたくらいだもの、振られたからってリリアナを逆恨みしたりしないわよね、きっと)
今頃は涙をこらえてリリアナの婚約を祝福しているかもしれない――クローディアはそんな風に考えて、アレクサンダーに関する考察を打ち切った。
それが甘かったと思い知らされたのは、その翌日のことだった。
翌日。クローディアは久しぶりに王立学院に赴いた。エイルズワース祭を挟んで前後三日は休日となっているので、実に一週間ぶりの登校である。
先に来ていたルーシーと挨拶を交わし、『左手の封印』に登場した仮面の男について熱く語り合っていると、ふいに聞き覚えのある名前が耳に飛び込んできた。
「やっぱりアレクサンダーは休みみたいだな。生徒会室にも来なかったし」
「あいつリリアナ殿下の婚約がショックで部屋に引きこもっているらしいぞ」
「俺は昨日会う約束してたから屋敷に行ったんだけど、部屋からずっと出てこないって執事に謝罪されたよ」
語り合っているのはアレクサンダーの友人たちで、「アレクサンダーの奴、本気でリリアナ殿下と結婚するつもりだったみたいだからショックが大きいんじゃないか?」「今から文官目指すにしても、婚約者の件でユージィン殿下と因縁があるし、きついよな」「今さらどこかに婿入りも無理だろうし、人生詰んでるよな、アレクサンダー」などと訳知り顔にうなずきあっている。
彼らの会話を聞きながら、クローディアは思わずルーシーと顔を見合わせた。ルーシーも状況を察したようで、不安そうな表情を浮かべている。
これは結構まずい状況かもしれない。
授業が始まるころになってもアレクサンダーは姿を見せず、二限目、三限目に現れなかったころからして、今日の欠席は確実のようだ。もしかすると原作のクローディアのように、このままずっと引きこもっているつもりだろうか。
(……仕方ないわね、あまりこういうことはしたくないんだけど)
昼休みになって他の二人と合流したクローディアは、ユージィンに対して頭を下げた。
「ユージィン様、ご協力いただきたいことがあります。不本意かもしれませんが、どうかお聞き届けくださいませ」
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