1 嵐の夕暮れ
嵐が吹きすさぶ夕暮れどき。薄暗い室内で、一人の令嬢が床にうずくまっていた。
「アレク様アレク様アレク様アレク様アレク様アレク様アレク様」
令嬢の名はクローディア・ラングレー。先ほどから呪文のように呟いているのは、彼女の婚約者であるアレクサンダー・リーンハルトの愛称だ。
「なんでアレク様なんでアレク様私の方がアレク様を私の方があの女よりずっとずっとアレク様を」
豪雨が激しく窓を叩き、時おり雷鳴も轟いているが、ただ一心に呟き続ける彼女の耳には届いていないようだった。
「あの女には渡さないあの女には渡さないあの女に渡すくらいならいっそこの手でアレク様をいっそこの手でアレク様を」
次第に声が大きくなり、目は限界まで見開かれ、そして――
「アレク様を殺して私も死ぬわ!」
そう叫んだ瞬間、凄まじい雷鳴が空を切り裂き、室内は真昼のように明るくなった。
クローディアの目に映るのは、荒れ果てた室内と割れた姿見、そして姿見の中の己の姿だ。
ぼさぼさの黒髪と真っ赤なリボン。真っ赤な口紅。虚ろな目を縁取る黒々とした隈。その姿はまるで――。
「……あれ? これってヤンデレ令嬢クローディアじゃない?」
ひどく場違いな感想を残し、クローディアは意識を失った。