三.深淵の底
フユマルが眠りから覚めた時、辺りは暗くなっていた。真夜中になっていた。あの婦人も眠っているようだ。 スッと白い影が動いた。フユマルの側にはあの白猫、ハルミがいた。
「具合はどう?」
ハルミが聞く。
「ああ・・・」
痛みはほぼなくなっていた。けれど、フユマルは何を言えばいいのか分からなかった。このヒカリの国で見たもの全て、分からないことだらけだったからだ。
「一体、この国はどうなっているんだ?なんで猫と人と犬が一緒の国に・・・。」
「何でって、そんなの当たり前じゃない。」
ハルミが不思議そうにフユマルを見る。
「当たり前?そんなわけあるか!」
フユマルは声を荒げた。あの、見たことのない武器を持って攻めてきたヒトの国の軍勢が脳裏に浮かぶ。
「どうしたの?まだどこかいたむ―」
「ハルミ!わたしの国に行こう。一緒に!人や犬は猫の敵だ。ここにいたら、君が危ない!」
ハルミの青い目が、フユマルを見つめる。
「敵って・・・あなたの国って・・・何?どういうこと?」
フユマルは話した。ネコの国のこと。ヒトの国やイヌの国との戦いの歴史を。
「そう・・・だからあなたは・・・」
ハルミがつぶやく。
「そうだ。それなのに、君は―」
言葉を続けようとしたフユマルを遮り、ハルミはきっぱりと言った。
「わたしは行かない。ここにずっといる!」「どうして!?」
「わたしは人も犬も大好き。だってわたしを助けてくれたのは、奥様とムーンだから。」
「ムーン?」
「あの茶色い犬よ。わたしね、生まれてすぐに親とはぐれて。ウロウロしているうちに川に落ちてしまったの。流されて、もうダメだと思った・・・そしたら、あのムーンがね、飛び込んできたの。わたしをくわえて必死に泳いで・・・奥様のところに連れてきてくれた。奥様がわたしをここまで大きく育ててくれたの。わたしが生きているのは、奥様とムーンのおかげ。敵なんかじゃない!わたしはあなたの国へは行きたくない!」
「そんな・・・」
「どうしてそんなに人や犬を憎むの?一体、あなたの国で何があったの?」
「それは・・・」
フユマルは困った。どうして?それは人や犬がネコの国に攻めてくるから・・・いや、それを言ったら猫だって、ヒトの国やイヌの国を攻めているではないか。ではなぜ?分からない。フユマルが生まれた時には、すでに三つの国は仲が悪かった。憎んで当然、それがフユマルの世界だった。だから考えたこともなかった。憎しみの原因がなんであるのか、なんて。
「過去に、あなたの知らない遠い過去に、あなたの国では、きっと、人や犬と何かがあったのね。だから憎んでいるのね。でも、本当にそれでいいの?理由が分からなくなった今になっても憎む必要があるの?その憎しみを、これからも永久に伝えていくことが、本当にあなたの国のためなの?」
真っ直ぐにフユマルを見つめるハルミの青い目。フユマルは凍り付いたように、その目をじっと見つめていた。まるで、深い海の底に吸い込まれていくかのように。