66☆エミリー・ウォルナットと医師ルカ・ハーレクイン②
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「お前、ベアトリーチェ嬢とどういう関係だ?」
エミリーの前にいたのは、高名な医師などではなく。醜悪な欲をにじませた男の姿だった。その姿を認めた途端、エミリーは恐怖よりも《怒り》が勝った。
なに。
なんなのこの人。
初対面なのに、まるで自分こそがベアトリーチェ様の《特別》みたいな言い方して!!
間を置けば、置くほどイライラしてきたエミリーは、自分の顔を覆っていた男の手をバリっと剥ぐと、ルカに負けず劣らずの血走った瞳でギリッと睨んだ。
「――な、なんなんですかあなた!! いきなり!!」
「……しゃべるなと言ったはずです」
「言ってません!! なんなんです!? だれなんですあなた!!」
「だから私はルカ・ハーレクインと……」
「違います!! 名前じゃありません!! 人に尋ねる前に、あなたこそベアトリーチェ様にとっての《誰》なんですかと聞いています!!!」
フーフーッ!! と 手負いの獣のように威嚇するエミリー。
大人しそうな彼女からはまず考えられない興奮と暴走ぶりに、ルカはそれまでの気迫を引っ込め「はぁ」と長いため息をついた。
「……落ち着きなさい、僕は君の敵ではない。少々言葉遣いが乱暴になってしまったことには謝罪しますが」
「あなたみたいな男性はベアトリーチェ様にはふさわしくないと思います!!」
「人が下手に出ていれば……今のは訂正しろ。誰にものをきいているんだ。僕がベアトリーチェ嬢にふさわしくないだと?! 君に判断されるいわれはない!!」
「こ、ここここんな二面性のある男性信じられるわけないです!! お美しいベアトリーチェ様に対して下心が隠しきれていません!!」
「君に言われたくないな!! 女で少し薬草を扱えるからと言って彼女に取り入っていい理由にはならないだろう!!」
この人。知っている。
私が薬師であることを知っているのだ。
グイード様から聞いたかもしれないし、本当にベアトリーチェ様と仲が良くてベアトリーチェ様から聞いていたのかもしれないけれど、それにしたって《取り入っている》なんて表現が出る時点で様子がおかしい。やっぱり信じられない!!
というか絶対ヤバい人だわ!!
こんな人、絶対ベアトリーチェ様に近づけちゃダメだわ!!!!
「じょ、女性差別です!! 抗議します!!」
「お前に言われたくない!! 言っておくがお前の傷を手当てしたのは僕だし、お前に傷がないことがバレたら不利になるのはお前とベアトリーチェ嬢の方だぞ!? わかって僕を非難してるのか!?」
「おま、お前って言いました!! 初対面なのに!! 信じられませ……え?」
「エミリー!!!!! エミリーの声が聞こえたが?!!?!?」
ルカがとんでもなく重要な事を言ったような気がして、エミリーが急速に温度を下げたと同時に、またしても何も知らないグイード卿が乗り込んできた。
その気配を感じ取ったエミリーは、ぼふんと勢いよくベッドに後ろ向きに倒れ込み、ルカは音もなく現在地から更に5歩後退した。
「……幻聴です、グイード卿。眠れるお薬を出しましょうか?」
「いやいらん。……エミリー、顔が赤いぞ! 呼吸も荒い、大丈夫か?! 熱があるんじゃないか!?」
グイードがエミリーの傍に駆け寄り、その額に手を置く。
心配そうなグイードの背後では、再びルカが殺人的な顔をしてこちらを睨んでる。あんなに睨まなくてもしゃべらないのに。やっぱりどこまでも信用できない男だ。
エミリーはせき込むような仕草をし、グイードを見て弱弱しくうなずくと、心配しながらも反応があることに安堵したようにグイードが「よかった」という。
優しいグイードとは裏腹に、その背後ではルカが瞳だけで「茶番はいいからさっさとその男追い出せ、話が進まない」と言っている。ほんとなんなのだこの男。
「グイード卿。ウォルナット嬢を案ずる気持ちもわかりますが、騎士団の方は大丈夫なのですか?」
「…………」
それはエミリーも思った。
自分を気にかけてくれるのはありがたいが、今は一刻も早くベアトリーチェ様の安否を確認してほしいし、ベアトリーチェ様の無罪を証明してほしい気持ちでいっぱいだ。
それに、あの聖女。
リリィ・ハルモニアはどうなったのか。
もし自分が生きていることが彼女に知られたら―――ぞっとしたエミリーは救いを求めるようにルカを見た。今は誰がふさわしいとかふさわしくないとか喧嘩している場合ではない。
ベアトリーチェ様のためにも、聖女が《危険な存在》だと早急に知らせなければと思った時だ。
「捜査の方は進んでいる。聖女、リリィ・ハルモニアを拘束した」
グイードの言葉に、目を見開いた。




