64★動き出す②
「なるほど――つまり、陛下はわたくしの首を、狙っている?」
ベアトリーチェが真相をつきとめた名探偵顔をする横で、ラザロが「そうすると180度意味変わりますけど本当に大丈夫なんです? その方向性で……」と、苦労人の助手のような顔で待ったをかける。が、聞こえていないようなので、もうそういう方向性で行くのならそれでいいか、と考えることをやめた。
「ですが皇帝陛下が令嬢の首を狙うとは、一体何しでかしたんですか? 皇族の秘宝でも盗みました?」
「盗んではいないけど借りたわ。3点ほど」
「令嬢。帝国に伝わる三種の神器だったりしたらさすがに怒りますよ」
「借りたって言ってるじゃない。この腕につけているバングルと、ブローチと……」
言いながら、ベアトリーチェが首元を触った時だ。
首周りにピリッという痛みが走ったかと思うと―――。
「ッ…ぐ…………」
突如、ベアトリーチェの白い首から鮮血が噴き出し、口からも止めどもない量の血液が濁流のようにあふれ出た。
「――令嬢ッ?!」
「ごッ…、は……っ!」
あまりの激痛と呼吸苦に目は見開かれ、額には脂汗がにじみ、生理的な涙が頬を伝う。
息ができず、前のめりに倒れかけたのを根性でテーブルにしがみつくベアトリーチェ。ラザロはすぐさま、持っていた鞄から分厚い聖書を取り出すと、ページをめくりながら早口で呪文を詠唱しだした。
「っが、………、あ、りが………」
「――黙っててください!! すぐに治癒しますから!!」
必死に治癒の呪文を詠唱するラザロを横目で見つつ、ベアトリーチェが血の気の受けた顔で、安堵したようにふっと笑っていると。
《アンタ。よくやるわね》
珍しく、神の緊張したような声が横から聞こえる。
《”身代わり”になるなんて。この場に高位神官がいなかったら即死エンドじゃない》
「……だ、から……いった、でしょ……」
ラザロにあえて嬉しい、と。
ベアトリーチェの覇気のない笑みに、神も盛大なため息をつくと同時に、ヘレボルス組も突入してきて応接間は騒然とした。
そう、ベアトリーチェの想定通り。敵がさっそく《エミリー》に手を出してきたということ。
エミリーに渡した紅のネックレス。あの魔石は《身代わり》の魔石。
公の場に出る際、命を狙われることが多い皇族は、催事の際は必ず身に着けるようされているというとネックレス。
皇族がつけていた場合は、皇族が受けたダメージをそのまま《国民全員に分散される》というチートスキルなのだが、実際につけていたエミリーはもちろん皇族ではない。
『その場合、基本は適応されないのですが、ダメージをうつしたい人間の《身体の一部》を装着者の身につけておくとで、皇族でなくても特定の人物に《ダメージを移送させる》ことができますじゃ』
鑑定を依頼した魔女アドラーとの会話が脳内で再生される。
『ふうん? じゃあその方法を使えば、死に至らしめる様な術や攻撃を受けたとしても自分はダメージを負わない、ってわけね』
『まぁ、装着者が皇族でないのなら、その弊害で一時的なショックや痛みなどはあるでしょうが……実際に死に至る攻撃を受けたとしても、ダメージを移送できる相手がいるなら、すべてを請け負うのはそやつですな』
『……そう』
『イーッヒッヒッヒ!! これでお嬢様は無敵ですじゃ!! イイ物を借りましたなぁ!! そうそう、あのクソ平民カッシオの前歯がありますぞ~!! これを大事にもっておくんですぞぉ! そうすれば死ぬのはあのクソ平民だけですからなぁ~~!!』
そうアドラーが高笑いする横で、ベアトリーチェはぎゅっとそのネックレスを握りしめていた。
敵が、悪女ベアトリーチェを陥れたいと思っているのなら、真っ先に狙われるのは非力で平民の彼女である可能性が高い――まずは、彼女の身の安全を確保しないと。
そして、ベアトリーチェの悪い予感は、見事的中した。
「や、って、くれる………じゃない」
やられたからにはやり返さないとね、そう意思を固めたと同時に血まみれの悪女ベアトリーチェの意識は、ぐらりと揺れ、黒に沈んだ。




