61★人はみかけによらぬもの
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「とんでもない話?」
「はい。なんでもベアトリーチェ嬢が、皇帝の自室で一晩を明かしたなんて噂がですね――うわッ!! 大丈夫ですか!?」
言い終わるか終わらないうちに、ベアトリーチェが穏やかな表情のまま、紅茶を噴き出した。
ラザロがその場を飛びのくレベルの噴き出しぶりだ。
すると、その異常事態を察知したベアトリーチェ付きの侍女ら、その中でも掃除洗濯などのベアトリーチェの身の周りの環境整備に特化した《ヘレボルス組》が、応接間に突入してきた。
ヘレボルス組の侍女二人は、ラザロが「なんだなんだなんだ?!」と騒ぐ間に、汚れたテーブルを拭きあげ、ベアトリーチェの衣装を整え、茶器を取り換えると、数秒後には時を戻したかのように美しくテーブル周りを仕上げ、音もなく去っていった。
その侍女らの尋常でない仕事ぶりにラザロが呆気に取られていると。
「げほッ、だ、いじょうぶ、よ……驚かせてすまなかったわね」
「全然安心できない上に驚くポイントが多すぎてどれに対しての謝罪なのかわかりませんが?!」
「あぁ、そうだった。ヘレボルス組、ありがとう。もう下がっていいわ!」
ベアトリーチェが扉に向かって声をかけると、扉の向こうから「お気遣いありがとうございます!」との声が聞こえる。侍女の姿をした《影》か何かなのだろうか。訓練されすぎだろう、とラザロが扉を見ていると、改めてベアトリーチェが新しく用意された紅茶を手に取りつつ。
「――それで? ちなみに、その噂はどこで聞いたのかしら?」
「手がめちゃくちゃに震えてますが大丈夫ですか?!?!」
わたくし、知りたいわ。と平然をよそおっているのだろうが、ベアトリーチェの顔色は悪く、手も震えていた。明らかに動揺している。こんな珍しいことあるのかと、ラザロはまじまじとベアトリーチェをみつつ。
「あ~……その、神殿の中に皇居の警備と繋がっている奴がいまして……」
「そう……」
非常に生々しい情報源。それはラザロもそんな目になるわよね、とベアトリーチェはいよいよ頭を抱えた。
あの時、皇帝は「うまくごまかす」とはいっていたが誤魔化し方が雑過ぎる上に、非常に悪質だ。
「で、実際どうなんですか?」
「……わたくしがここにいる時点でおわかりでしょう?」
無実です、と背後に文字を背負いつつ、更にはベアトリーチェが「信じてくれるわよね?」という必死の目でラザロを見る。その切実そうな顔にラザロは呆れつつも「そりゃあ、令嬢がここにいる時点で偽情報だとは思いましたが……」と言い淀む。
「あの鉄壁の皇帝が、ベアトリーチェ嬢との関係をあからさまに匂わせる様な人騒がせな偽情報流しますかね~と懐疑的ではあります」
「そう! それについてなんだけど、ラザロ」
思い出したようにベアトリーチェが紅茶を一旦テーブルに戻し、こほんと咳払いをしつつ「思ったのだけれど……」と声を潜める。
「皇帝陛下が、《誰かに操られている》という可能性はない?」
「あの皇帝陛下がぁ?」
「そう、その皇帝陛下を、高位神官の《鑑定スキル》で一度診てもらえないかしら?」
「でも、令嬢……何度も言いますが、あの皇帝陛下ですよ?」
騎士団が束になっても勝てない実力者の上に、単身で小国を落とすレベルの強さを誇るあの現皇帝陛下が、そんな術にひっかかりますかね~~? と、それこそ疑惑の眼差しでベアトリーチェを見てくるラザロに、ベアトリーチェも唸る様に「疑う気持ちもわかるわ」と返し。
「しかし、そうでないと説明がつかないような問題行動が多々見られているのよ。あれは今までの皇帝陛下を鑑みるに、とてもじゃないけど考えられない行動だわ」
《でもさ~、あの皇帝ってたしか術を跳ね返す魔石持ってなかった?》
「あ、そうそう。確か皇帝陛下は、すべての悪意をもった呪術や邪気、邪念を跳ね返す魔よけの最高峰である黒水晶を織り交ぜたマントを羽織っているはずですよ?」
「確かに、羽織っていたわね……………は????」
ラザロとベアトリーチェの間にあるテーブルに生えた《唇》。
その唇は器用に用意されていた茶菓子のクッキーをもしゃもしゃ頬張りつつ「《ほな、違うか~~~》」と、呑気に食っちゃべっていたのをベアトリーチェが素手で鷲掴みにした。




