60★一方、その頃のラザロ・サチェルドーテ
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一方。その頃のラザロ・サチェルドーテ。
「早くしろ!! 皇宮にいそげ!!」
「旦那ァ!! これ以上はムリですって!! 人轢きますぜ!?」
馬車を運転する御者を急かしに急かしていびり倒していた。
「問題ない!! たとえ轢いたとしても私が秒で治す!! 大丈夫だ!! 行けッ!!!」
「いやダメだろ!! 回復速度の問題じゃないんだよ!! 倫理観の問題だッつってんの!! これで人轢いて帝国法で捕まるのオレだから!! アンタそれでホントに高位神官ですかいッ?!!?!」
「いいから早くしろ!! 帝国に血の雨がふるぞ!!」
「轢き殺した人間の血で?!?!」
「アホか!! 御者のくせに人を轢く気か?!?!」
「だからアンタがそうさせようとしてんだよ!!!!!!」
話聞けよ!!
ついに御者も、相手が帝国の高位神官であることも忘れてキレ散らかしていたが、ふと鼻先に、花のような薫りがついて「ん?」と横を見、御者が硬直した。
しかし、御者が青ざめているとも知らずに、尚も話を聞かないラザロは「金の問題か!?」とお門違いに叫んでいた。
「心配せずともチップもくれてやるからさっさと皇居へ急げ! 無事故無違反でな!!」
「あら、横暴。ところで、皇居に何の用があるのかしら?」
「だから!! それは機密ゆえ詳しくはいえぬが、早くしないと帝国に血の雨―――は?」
「奇遇ね、ラザロ。会えてうれしいわ」
暴走馬車に平然と並走する黒馬。
その戦闘馬並みの体格の馬を華麗に乗りこなしつつ、片手をふりながら話しかけてきたのは、その『帝国に血の雨を降らせるかもしれない稀代の悪女』たるその人だった。
「うわああああああ!!!」
☆
「あそこまで叫ばなくてもいいじゃない」
「叫ぶでしょうが!! 何しれっと皇族の馬乗ってんですか!!」
あと投獄されたんじゃなかったんですか!?
目的のベアトリーチェ自身が会いに来たことにより、ラザロの目的地は急遽スカーレット邸へと変更された。
そして、馬車は都合よくスカーレット邸近くを走っていたため、結局そのまま、数分後にはスカーレット邸の応接間で話をしていた。
「こちらも色々あったのよ。でもよかったわ、ちょうどラザロに会いたかったところなのよ」
「ま、まあ……令嬢が無事ならそれでいいんですけどね……」
侍女の淹れた紅茶をしれっと飲むベアトリーチェ。
その落ち着き払った様子に、鼻息荒く立ち上がったままのラザロもしぶしぶと席に着く。会えてうれしい、と言われてまんざらでもないようだ。
「それで? 何があったんです?」
「知らない? わたくし、《違法薬物》を製造して不正流通した罪に問われてるのよ」
「俺の知ってる情報と相違ないですね。事実ですか?」
「無実よ」
「でしょうね!!!!」
「あら、信じてくれるの?」
「俺を誰だと思ってるんです? 高位神官で鑑定スキルもちですよ?」
令嬢が事件に関わっていないことは一目瞭然です。
はっきりと断言するラザロに「凄いわね」とベアトリーチェも目を張る。ついでに、発言する際の一人称が完全に俺になってしまっているが、本人が話しやすそうなのでそのままにしている。
「ラザロの鑑定スキルでそこまでわかるものなの?」
「使い方によっては。実は、違法薬物に関しては、俺も一年ほど前から独自に調べていたんです。これでも一応、薬剤製造担当でもあるんでね……それで、実際の《違法薬物》の現物を偶然手に入れまして」
「現物を?」
「ええ、幻覚作用と、催眠作用のあるものです。触れるだけでも吸収してしまうような劇物なので、詳しい成分はまだ調べきれてないですが――それに関連して、一度でもその《違法薬物に触れた者》は一目でわかるようスキルを発動できるようになりました」
「素晴らしいわね、さすが高位神官」
「もっと言ってください」
鼻高々に語るラザロに、「そのスキルでわたくしを見抜いていたわけね」と感心の意味を込めて伝えるが、言われたラザロは居心地悪そうに目線を反らした。
「……まぁ、スカーレット公爵邸自体は前からきな臭かったので……令嬢には悪いですが、スカーレット公爵邸に招かれた際に鑑定させていただきました」
「そう。結局、この家の内部に違法薬物とかかわりのある者がいたから、その《読み》じたいは間違いではないわ」
「なんだ。じゃあもう捕まえているのですか?」
「――いいえ、まだトカゲのしっぽを掴んだ程度よ」
主犯はまだほかに隠れているわ、と険しい表情を浮かべるベアトリーチェに、ラザロもふむ、と考える。
「なるほど。それで《投獄中》とされている令嬢がこうして秘密裏に隠れて動いている、という訳ですね」
全然隠れてねぇけど、という余計な一言は飲み込んでいると。
「そういうこと。これも皇帝陛下の計らいよ」
「…………その皇帝ですが」
疑わしい目でラザロがじっとベアトリーチェを見る。その視線に気づいたベアトリーチェもまた、不審そうな目で「……なに?」と問う。
「何か問題があるの?」
「いえ。とんでもない話を聞いたのもので」
「とんでもない話?」
「はい。なんでも《ベアトリーチェ嬢が、皇帝の自室で一晩を明かした》なんて噂がですね――うわッ!! 大丈夫ですか!?」
言い終わるか終わらないうちに、そのベアトリーチェ嬢が穏やかな表情のまま紅茶を噴き出した。




