58☆あなたはわたしの光②《エミリー・ウォルナット視点》
「べっっっっ…………!!!!!!!」
思わず叫びだしそうになって、慌てて両手で口を塞ぐ。
同様にベアトリーチェも赤い唇に人差し指をあてて、「しー」とジェスチャーしていた。
そんな仕草も麗しい。
さすがベアトリーチェ様。木を登っていらしても森の女神のよう――と、うっとりしている場合ではない。
(ベアトリーチェ様! ご無事で何よりです! はやくこちらへ……!!)
(ありがとう、エミリー。無事で安心したわ)
エミリーが窓を開け放ち、小声で訴えつつ室内へ入って身を隠すよう促す。しかし、ベアトリーチェは太い枝に乗ったまま、その場から動かない。
(――巻き込んでしまって、ごめんなさいね)
怖かったでしょう?
ベアトリーチェの穏やかな声を聴いた瞬間、温かい涙が静かに頬を伝った。
――ああ、ベアトリーチェ様だ。
出会って間もない上に、離れていたのはほんのわずかな時間。なのに、とめどもなく涙が溢れる。
(だ、だいじょうぶです……わたしは……グイード様が、よくしてくださってます)
(そう……それならよかったわ)
丁重に扱ってもらえているのね。
心から安心したようにほほ笑む姿に嗚咽まで出そうになる。
でも、ここで泣いてはいられない。まだ何も解決していないのだ。
エミリーはツンと鼻の奥を刺激する痛みを何とか堪え、新調したばかりの眼鏡をはずし、ごしごしと目じりを拭いながら「……ここは危険です、早く身を隠されてくださいませ!」とベアトリーチェに涙声で伝える。
(私はこの身がどうなろうと、ベアトリーチェ様が不利になる発言は決して致しません! 安心してください!)
(……その事だけどね、エミリー)
エミリーの決意のこもった瞳に、ベアトリーチェはなんとも言えない表情を浮かべながら何かを投げ飛ばしてきた。
二人の間を弧を描いて飛ぶソレ。
きらきらと太陽の光を纏ったそれを、手を伸ばして慌てて受け取る―――手のひらに、硬くてずっしりとした感触。恐る恐る指を開けてみると、じゃらりとした金属音―――赤く煌めく宝石がはめ込まれた、豪華なネックレスだ。
(こ、これは――?)
(身を守るものよ。いい? 決してその身から離さないで)
いいつつ、ベアトリーチェが自身の首を指さす。今すぐつけろと言う事だろうか。
エミリーはこんな高価そうなものを私なんかが……と、躊躇しつつも、言われるがまま頷き、ネックレスをつけるとベアトリーチェをみた。
(ありがとう。それでいいわ)
ベアトリーチェはそこで初めて、心から安堵したような笑顔を浮かべた。
(ですが、ベアトリーチェ様。これは本来ベアトリーチェ様がつけられるべきなのでは―――)
(あら? わたくしをあなどらないでもらえるかしら)
わたくし、強いのよ。
ふふ、と微笑む彼女は妖艶で、その美しい頬が土や煤で汚れていたとしても絶対的な優美さを身に纏っていた。
(………もう行くわね、エミリー)
(……あ、はい……ッ!?)
確かにベアトリーチェは「もう行く」と言った。
なのに、一旦エミリーのいる窓枠までジャンプし、飛び移ってきた。なんてかろやかな跳躍。
ベアトリーチェ様は小鳥だったのだろうか。
木々が揺れ、木の葉が舞い散る。
目の前にベアトリーチェの美顔が迫り、あまりの迫力にどきまぎしていると、つけたばかりのネックレスを服の中に直し込まれながら「――これは人に見られないようにね」と言われた。
「は、はひ……承知しまし……」
「……エミリー。お前は一目で薬草を見分けられるのと同じように、人を見る目がある」
「……え?」
「自分の直感を信じるのよ。そして、常に警戒しなさい」
真剣なベアトリーチェの瞳。
強気な瞳の中に、また不安げな色が混ざっていた。
「わたくしの代わりに、そのネックレスを持っておくこと。いいわね」
「……はい!」
「約束よ」
言いながら、ベアトリーチェはなんと自分の紅髪を一本引き抜いた。まるでシルクのようなその絹髪。ああ、なんともったいない――と、おもっていると、なんとその髪の毛を「約束ね」と言いつつ、エミリーの小指に絡ませ、結び付けてきた。
「あ、あわわ……」
「気持ち悪いだろうけど、次会う時までこのままでいてほしい」
普通の人間なら気持ち悪いとおもうだろう。
しかし、相手があの憧れのベアトリーチェで、さらにその髪は赤い糸のようにつややかで神々しい。心なしか、キラキラと光を纏っているようにも見える。自分のかさついた茶髪とは大違いの、美しい艶髪。
まるで『運命の赤い糸』のよう。
エミリーはどの宝石よりも、その髪の毛が美しく、嬉しいと感じてしまい――さすがに「自分、気持ち悪すぎるのでは?!」と恥じて唇を噛みしめてしまった。その様子を違う意味に捉えたのか、ベアトリーチェが小首をかしげて苦笑する。
「……悪いわね、つき合わせてしまって」
「い、いえ!! 断じてそんな……!! 」
むしろご褒美で……!!
そう言いきらないうちに、ぽんと、頭に手を置かれて撫でられた。
「いい子ね。―――では、また会いましょう」
ボンっと爆発するように赤面している間に、頭にぬくもりをのこしたままベアトリーチェの手が離れた。
かと思うと、彼女は美しい跳躍を見せ、なんと二階から飛び降りたのだ。
エミリーが恐怖で叫ぶ間もなく、ベアトリーチェは華麗な着地を披露し、まるで諜報員かのような身のこなしで風のように去っていった。
「す、ごい………」
そして、美しい。
高い位置でくくられた赤髪が、まるで神獣、フェニックスの尾のようにも見えた。
それこそ、夢見心地な気持ちでベアトリーチェが去っていった背中を眺めていると―――。
「エミリー様」
「は、はいぃ!??」
こんこん、と控えめにノックされ、心臓が飛び出しそうになった。
「今、よろしいでしょうか?」
「あ……はい! 大丈夫です!」
エミリーの返事を聞いて、穏やかな顔をした執事が扉を開ける―――もしや、ベアトリーチェとの会話を聞かれただろうかと動悸が早まり、無意識に服の中のネックレスをぎゅうっと握ってしまう。
「………あの、どうかされましたか……?」
「エミリー様に、お客様が来られておりますよ」
「え? 私に、ですか?」
「ええ、応接間にいらしておいでです。もしよろしければ、このままご案内しても?」
「は、はい……」
誰だろう。
促されるままに、執事の後ろについていくと、この別邸で一番豪華な応接間に案内された。それだけで、上位階級の方だと察して、背筋が伸びる。
執事がうやうやしく扉を開け――その先の光景に、目を見開いた。
「こんにちは、エミリー・ウォルナット嬢」
「あ………」
「はじめてお目にかかりますわね、私は、リリィ・ハルモニアと申します」
そこにいたのは、夢の中の《大聖女様》と同じ髪と瞳をした聖女様がほほ笑んでいた。




