56★情けは人のためならず②
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「ありがとう、ベアトリーチェ嬢」
「おやめください、ハーレクイン公爵様。それに、それはこちらの言葉ですわ」
ダリの側近が死相を浮かべながら、屈強な騎士達に挟まれて連行されていく姿を見届けた後。
しんと静まり返った地下牢から地上へあがる道すがら、パオロ公爵がベアトリーチェに頭を下げた。
「いくら親友と言っても、お父様のために公爵様ご自身がこんな深夜に全面協力してくださるとは……」
「ははは、当然の事をしたまでだ。逆の立場で、私が捕まったとしてもダリは同じことをしただろう。彼はそういう男だからね」
穏やかに笑う姿は医師の鑑そのもので、また父にも似ていた。
本当に二人はとても気が合うのだろう。
微笑ましく見ていると、「それより驚かされたよ」とパオロ公爵がこちらを見下ろしつつ、髭をいじった。
「まさか、ベアトリーチェ嬢の予見通り、ダリの補佐官が裏切り者だった上に、本当に2人がアズーリ聖騎士団に拘束された時は腰を抜かしかけたよ」
そう。実は、全て計画の上。
以前、縁談の話で父の部屋に訪れた際に、父の側近の男・フィッタが執務机を荒らすという《天眼通》らしき能力で見た映像を、街に行く前に父ダリへと直接伝えたのだ。
父も何か引っかかることがあったのか、ベアトリーチェの話を聞くなり魔女アドラーを呼び出し、執務室内各所に信頼度の高い監視魔宝石を設置した。その際に、アドラーが魔石を生み出せる錬金術師であることを教えてもらったのだ。
そしてこの屋敷内に、フィッタとは別に内部犯がいる可能性も考慮して、父に交渉し、侍女の一斉解雇に踏み切った。
街へ出た時にカッシオを拘束したのは全くの偶然だったのだが。屋敷に連れ帰った際、わざと大勢の使用人たちの前で護衛騎士に「地下牢へ投獄しておいて」と命令したのは策略の内だった。
街の住人を投獄した悪女に、更なる汚名を着せるためにこの男を利用するだろうと、誰かは地下牢へ来ると踏んでいたのだが―――エミリーの元上司で、ただの薬局オーナーだったカッシオが、まさかこの騒動にも一枚かんでいるとは想定外だった。
「これだから帝国の頭脳は恐ろしいねぇ」
「そうでもありませんわ、結局こうして魔石の力をかりているのですから」
「さっきも思ったが………それは、皇族が公式の映像を撮影するときの特殊な魔石だよね?」
しかも、腕輪を装着した主に関する都合の悪い情報だけを排除し、勝手に編集してくれるっていう《ロイヤルノイズキャンセル機能》付きの。
パオロ公爵の言葉に、ベアトリーチェはぎくりと固まる。
緊張を表情にだすようなヘマはしなかったが「おほほ、さすが公爵様。よくご存じで」と多弁になってしまったくらいには動揺した。
「どうしたの、それ。盗んだ?」
「公爵様。さすがに人聞きが悪すぎますわ」
「いや~すまない。あの鉄面皮の現皇帝が、帝国の秘宝をおいそれと他人でしかも貴族に貸し出すはずはないと……………え? そういうこと?」
「違います」
パオロ公爵が真相を突きとめた名探偵のような顔でベアトリーチェを見るのを、すっと目線を反らしつつ「皇帝も此度の件を調査中なので、貸し出してくださっただけです」と早口でまくし立てる。
「あの陛下が?」
「はい」
「ベアトリーチェ嬢に?」
「ええ」
「公爵家の一人娘と言えど、稀代の悪女との噂もある君に? 年頃で未婚かつ未婚約の令嬢である、君に???」
「それに関してはわたくしも再三確認いたしました」
本当に、大丈夫か? と。
しかし、何度確認しても「問題ない」とあの皇帝が言ったのだ。だから拝借してはいるのだが、できるなら誰にも気づかれずに突き返すつもりだったのに。
パオロ公爵が父の身を案じて協力を願い出てきてくれた時はうれしかったが、秘宝に気付かれたからにはどうにかしてこの場を切り抜けなければ。
「皇帝陛下に他意はございません。これも、帝国法を軽んじる重犯罪者を確保するためだけの手段で――……」
「まさか陛下が………そうか、そうなんだ……うーん、どうしようか……陛下が相手かぁ……勝ち目あるのか……あのルカに……」
全く話を聞いていない。
パオロ公爵は、親友が捕まるかもしれないと聞いた時以上に、ショックそうにしている。
「……あの、公爵様。お言葉ですが、ルカ様にはすでに恋人がいらっしゃいますし」
「うーん、そうなんだけどね。うん……そうなんだけどね……ちょっと泣いちゃいそうだ……ベアトリーチェ嬢、そんな早くお嫁にいかないでほしい。いくならうちに娘として来てほしい……」
「いえ、ですからルカ様には……」
この期に及んで世迷いごとを言い出すパオロ公爵に、とりあえず「ちなみにこのことは他言無用で、父にも内緒でお願いしますね」と口止めをしておく。
しかし、公爵は「ああ、そうだね」とうわの空だ。
「ダリも心配するだろう、私も心配だ……まさかあの陛下が……」
わたくしは公爵様が心配です。
はたして本当に父に黙ってくれるのだろうか?
不安になったベアトリーチェは一歩下がり、頭を抱えてうつむく公爵の背後に立つ。
もちろんこちらの気配に気づいている、パオロ公爵の肩にいる神獣翠亀に一礼し、口パクで「(ご無礼をお許しください)」と伝える。すると、神獣はキラキラとした宝石のような瞳でにっこりと微笑み、その場から消えた。
今からハーレクイン家当主に行う仕打ちを察しているだろうに、なんて空気を読んでくださる神獣様だ。
協力してくださったのにごめんなさい、公爵様。
ベアトリーチェが右手首にはめたバングルを左手でなぞる様に触れる―――すると、黒い宝石の中から小さな黒い鎖がちゃらちゃらと湧き出てきた。
それを一本つまみ、細長い鎖を縄のように取り出すと、それを勢いよく背後から公爵の首に巻き付ける。
「――パオロ・ハーレクイン公爵様。お約束ください、この秘宝の事、陛下との関りを他言しないと」
「《はい。約束します》」
首に鎖を巻き付けられた公爵は、まるで操られているかのようにそう誓った。
発言を確認し、公爵の首に巻き付いた鎖を一気に引っ張ると―――その細い鎖に「約束します」との文字が書かれていた。
つまり、文字通り《言質》として回収することができたのだ。回収した《言質》は魔石へと吸収されていく。これも有事の際に取り出し、証拠として提示できるらしい。恐ろしい能力だ。元大聖女が使用したとは、口が裂けても言えないくらいに。
「ありがとうございます、公爵様」
「……うん……あれ? 今私、どうしてたかな?」
「いえ、なにも」
それより、ルカ様が御心配されているのではないでしょうか?
そうベアトリーチェが何食わぬ顔で尋ねると「そうだった!!」とパオロ公爵が手を叩く。
ちなみに、言質をとられた本人は一時的に記憶を失う。言質を取るとともに、都合のいいように脳内記憶を編集するかららしい。
元皇室直属の錬金術師だったアドラーによると、この腕輪にはめられた魔石のスキルは、単に映像を録画するだけでなく、皇族でしか扱えない《支配の鎖》を一時的に使用することで、その内容を自分の都合のいいように書き換える事ができる。
ただし、所持するベアトリーチェは皇族ではないので《言質を取ることで口約束の効力を強める》《映像を見た人物の印象を変える》程度にしかならないらしいが―――皇族である陛下が使えば、魔力量に応じて国全体を意のままに操ることができる、と魔女アドラーも引くほどのとんでもない秘宝だ。
効力を確かめるために試しに使用してみたが、どうやら本物のようだ。
ベアトリーチェはバングルを手で隠しつつ「あやつとは一度、腰を据えて話をしなければ……!!」と息巻く公爵に「そうですね、それがいいと思います」と微笑んだ。
「ベアトリーチェ嬢はこの後どうするんだい? 夜明けにはまだ早いけど、うちにくる?」
「せっかくのお誘いですが、わたくしは今から薬師に会いに行きますので」
「薬師?」
「ええ」
大切な仲間ですの。
ベアトリーチェはそう微笑みながら、近くに止めていた黒馬に飛び乗った。
次回エミリー視点です。




