55★情けは人のためにならず①
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――スカーレット公爵邸、地下牢。
「カッシオ!! おい!」
薄暗い中、燭台を手に地下牢へ訪れた40代ほどの一人の男。
男は、宰相ダリ・スカーレットを補佐する側近の一人だ。かっちりとした服に身を包んだ男は、イラついた様に地下牢の中で蹲る男へと声量控えめに声をかけた。その声に男の身を案じる気配は微塵もなく、ただただ刺々しい怒りに包まれていいた。
それだけ、男は切羽詰まっていたのだ。
「お嬢様に捕まるなんてヘマしやがって……証拠は全部燃やしているんだろうな!?」
「うう……」
「おい! 聞いてるのか!」
反応を示さない囚われの男。
その様子に舌打ちしつつ、懐からじゃらじゃらとクラシックな形状の鍵を取り出す。そのまま、荒々しく錠前を開け、男が蹲る牢の中へと足を踏み入れた。
拷問されたのだろうか。ところどころ血がついて薄汚れた姿の男を足で蹴りながら「おい、出ろ」と吐き捨てるように指示する。
「お前のとこの薬局に行って証拠を全部燃やすぞ。旦那様が投獄されている今のうちに全て証拠をすり替えるんだ」
「なるほど、だから薬局に常駐しているエミリーも邪魔で捕まえさせたのね」
「ああそうだ、今夜中に全て終わらせ…………え?」
「ごくろう様、フィッタ」
牢の外からかけられた妖艶な声。
男が驚いて振り返ると、そこには稀代の悪女であり、今夜投獄されたはずのベアトリーチェ・スカーレットが乗馬服姿で立っていた。
「――だ、ッ誰だ?!」
「誰ぇ? お前の目は節穴なのかしら? このわたくしがわからない?」
「い、いえ……っだがそんなはずは!! お嬢様は今頃、皇宮の牢獄で……!!」
「ああ、そのことね……そんなことより、お前の足元の男。薬局のオーナー、カッシオじゃないわよ?」
「はぁ!?」
「残念だよ、フィッタ君。ダリの優秀な側近だと一目置いていたのに」
ベアトリーチェの声に、カッシオだった男はゆっくりと立ち上がる。
すると、その身体から淡緑色のオーラをだしながら徐々にその姿形を変えだした。
「まさか、君が裏切り者だとはな。ダリも悲しむよ」
「そ、そんな……なぜ……ハーレクイン公爵様が!?」
立ち上がった男は、みすぼらしい身なりから白衣へと服まで変わっていた。
三大公爵家であり、ハーレクイン家の現公爵であるパオロ・ハーレクイン。
彼はその肩に、ルカに引っ付いていた神獣よりもさらに大きな翠亀の神獣を乗せ、四角いべっ甲の眼鏡をかけなおして、普段の温厚さからはとても考えられないような鋭い目線で男を見据えた。そして、翠亀は、どうやら親子亀の神獣だったらしい。
「ハーレクイン公爵様、ご協力に感謝いたします」
「いやはや、ダリの危機を親友としては見過ごせまい――というわけで、録画はできたかな?」
「なッ?!」
「ええ、皇帝陛下へ報告用の録画、ばっちり撮れましたわ」
ベアトリーチェがうっそりと微笑みながら、右手首に装着した腕輪を見せる。
そのバングルにはいくつもの黒い目のような宝石が嵌め込まれており、ぎょろりと男を見据えていた。その異様な光景に圧倒され、男は狂ったように「ち、違う! 何かの間違いだ!」と叫び出した。
「悪いけど、お前の悪事は全て暴かれているわ」
「へ……!?」
「コレとは別に、お父様の執務室に監視魔宝石を仕掛けておいたのよ」
お前がお父様をたばかろうと、偽りの証拠を仕込む前からね、と全て見透かしたようにベアトリーチェが付け加えると、男はその顔から完全に血の気をうしなっていた。
「ちなみに、その魔石もすでに回収済よ。確認してみたけど、お前がお父様の机を荒らし、偽造された書類を紛れ込ませている映像がばっちりとれていたわ」
「そんな……では、本物のカッシオは殺……!?」
「あの男なら、とっくの昔にウォルター執事長に頼んで別の牢獄へ移送しているわ」
それに、わたくしは『殺し』はしないわ。とてもやさしいのよ、とベアトリーチェがほほ笑みつつ、男の目の前に何か白い石のようなものを投げ捨てる。
それは小さく跳ねながら転がり、男の足元で止まった。
「―――こ、これ、は……?」
「カッシオの前歯よ」
「え?」
「カッシオの、前歯よ」
へし折ってったわ。
にっこりとベアトリーチェが笑顔を見せた瞬間、男は「ヒィイイッ」と息を飲んで腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
まぁ、実際にへし折ったのは街に訪れた時に金貨を渡した、あの《妹想いの護衛騎士》なのだが。
「でも元気にしているわ。言ったでしょ? 殺しはしない。わたくしは優しいの、とね……協力者を全て吐くなら、お父様を謀ろうとしたお前にも情けをかけてやるわ」
ベアトリーチェがパチンと指を鳴らす。
すると、どこに隠れていたのか件の護衛騎士の男を筆頭に、スカーレット公爵家の私設騎士団の騎士達が男を取り囲んだ。
「スカーレット公爵家を敵に回したことを、せいぜい後悔する事ね」




