54★悪女の帰還と老婆アドラー
―――スカーレット公爵邸。
「ばあや!」
皇宮を出た後、指定された黒馬に乗り、無事にスカーレット公爵邸に帰宅したベアトリーチェ。
暗闇に包まれた公爵邸の玄関で「帰ったわよ」と声を上げると、どこからともなく「イーッヒッヒッヒッヒ!!」という奇妙な笑い声と、床から蛍光色の光が湧き出る。
「おかえりなさいませぇ……ベアトリーチェお嬢様ぁ」
光と共にベアトリーチェの前に現れたのは、青紫色のローブを羽織った一人の老婆。
おおきな鷲鼻に、おおきなイボ。
くぼんだ瞳のまわりには、ローブと同じような青紫色のクマ。意地悪く吊り上がった眉毛と、口角。その口には、歯が数本程度しか生えておらず、曲がった背中に伸ばしっぱなしの白髪と、絵にかいたような《魔女》の風貌をした老婆。
「今帰ったわ。首尾はどうかしら?」
「ヒヒヒ……お嬢様の言いつけ通り、事前に指定された使用人以外はワシの魔術で全員眠らせております……今頃、とんでもない悪夢を見ていることでしょう………ケケケ……」
心の底から愉しそうに嗤う老婆は、名を《アドラー》と呼ぶ。
この老婆は、元は皇族に仕える錬金術師集団のひとりだった。
チームの中でもひときわクセがつよく、また実力もあったこの老婆はなぜか赤子のベアトリーチェをみるなり「これほどまでに緻密かつ繊細に構成された《悪女》はおらんですじゃぁああ!」と、謎の感銘を受け、その勢いで錬金術師集団から脱退し、今ではスカーレット公爵家の専属錬金術師として働いている。
「よろしい。さすが我がスカーレット家の専属魔術師ね」
「イヒヒヒヒヒ! 帝国一の美女であるベアトリーチェ様にお褒めにあずかり光栄にございますぅ」
本日もお美しい、その高貴な悪の華たる香りも芳醇で―――と、ベアトリーチェに心酔しきった老婆が言葉を続けようとした途端。
突如、その窪んだ瞳を大きく見開いた。
「―――おッ!?」
「お?」
「男の香りがしますですじゃあ!!!!」
その言葉にベアトリーチェも目を見開く。
心当たりしかなかったからだ。
しかし、次の瞬間には、フッと微笑を飛ばしつつ。
「気のせいよ、ばあや」
「いいえ! 他は誤魔化せてもワシの鼻は誤魔化せんですじゃっ!」
「…………」
「なんとも禍々しい執着と独占欲に塗れた陰湿な匂い……! 心なしか昔同じような匂いを嗅いだことがある気がしますが……ベアトリーチェ様、この男は危険ですぞ! 非常に厄介かつ面倒な匂いがしますですじゃあ!!」
「…………」
老婆の切羽詰まった忠告にベアトリーチェは一瞬、天を仰いだ。
この場合、どう考えても異常な距離感で迫ってきた皇帝陛下が当てはまる様な気もしないこともないが、よく考えてみると、その前にラザロやルカ、グイード等、他の男にも会っている。まともな男はラザロくらいだが―――その、まぁなんだ。深く考えないことにしよう。ベアトリーチェは考えるのをやめた。
「そう、肝に銘じておくわね。ところで、アレは回収済みかしら?」
「アレならすでにウォルター執事長が回収してますじゃ」
さすが仕事のできる老婆。叫んで気が済んだのか、ケロッと答えてくる。
「地下牢のセッティングも完了済でじゃ。いつでも作戦実行できますぞ」
「助かるわ。……ああ、そうだ」
言いつつ、ベアトリーチェが乗馬服のポケットから、若草色に光る宝石のイヤリングを取り出し、老婆へと手渡す。皇宮の侍女に賄賂として渡した宝石と同じ種のものだ。
「ばあやの創ったこの魔石、解析を頼めるかしら?」
「ヘヘヘヘ……ドレスにもつけておいた《地獄耳の石》ですな?」
「ええ、転職させた侍女に加えて、皇宮の侍女数名にも渡しておいたわ」
「なるほど……親石の方にどんどん侍女らの情報が集まっておりますなぁ」
ぎょろりとした目を大きく見開いて、アドラーがイヤリングに加工された宝石を覗き込む。どうやら、すでに情報が集まってきているようだ。
アドラーは錬金術師として、こうして特定のスキルを持つ魔石も創り出すことができる。しかも、魔石と悟られないよう美しい宝石のように仕上げ、更には携帯しやすいよう加工まで施すのだ。
ただし、携帯しやすいように小さく加工する分、持続力は落ちてしまい、効果は使い捨てになってしまうのが難点だと嘆いていたが、ベアトリーチェとしたら魔石をつくりだせるだけでも十分な有能ぶりで、このおかげで自分は確実に冤罪を証明できると確信している。
ちなみに、アドラーが魔石を創りだせることを知っているのは当主であり、雇い主であるダリ・スカーレットだけだったのだが。
「さすがベアトリーチェ様。魔石の使い方をよく心得ておられる」
「ばあやの指導がいいのよ」
とあるきっかけで、ベアトリーチェも知ることとなり、今に至る。
知った当初からその実力をベアトリーチェが手放しで称賛するため、アドラーはこの数日だけでも多くの魔石装飾具を創り出してはベアトリーチェに持たせていた。ただの飾りでしかない宝石類を多く売却したのも、このためにある。ほほ笑むベアトリーチェに、アドラーも満足げな表情を浮かべた。
「侍女らを使って貴族らの情報を仕入れるということは……さてはお嬢様、貴族の弱みを握って裏社会の女帝になられるおつもりで?」
「違うわ」
「お嬢様なら歴史上初の女性皇帝にもなれますでしょう! 政権を乗っ取る際は全力で力をお貸ししますぞ! 新時代を作りましょう!! ヒヒヒヒ」
「違うわ、ばあや」
といっても、話を聞いていないようだ。
一度走り出した妄想を否定するのも骨が折れるので、ベアトリーチェはポケットから小さな『金箱』―――ごと皇帝から預かったアクセサリーを取り出し、アドラーに見せた。
ネックレスに、バングルに、ブローチ。
光り輝くそれらを見て、アドラーは目玉が零れ落ちそうなくらい見開いて仰天した。
「―――す、すばらしい!! これはどこで?!」
「皇帝のものよ」
「さすがベアトリーチェ様、窃盗ですな?!」
「違うわ。……預かったのよ」
「あの皇帝から秘宝を奪うとはさすが帝国一の悪女……見事な手腕でございますぞ!!!」
「違うと言って………《秘宝》?」
指をわなわなと震えさせ、天を仰ぎながら目を輝かせる老婆にベアトリーチェが聞き返す。
「ええ、ええ! このアーティファクトは皇族にしか持つことが許されない、帝国の秘宝でございますよ!!」
「そう」
「反応が! 薄い!」
「あの皇帝が寄越したのだから、それくらいの価値があるとはわかっていたわ」
ひっくり返りそうな老婆を支えつつ、「それで? 使い方はわかるかしら?」と問う。すると、アドラーも意地悪く口角をあげつつ「……ワシを誰だと思っておいでで?」と嗤う。
「では、元皇族専属錬金術師だったワシから、ご説明させていただきましょう」
★
「なるほどね……」
さすが、あの皇帝が寄越した宝石。
数分後、すべての説明を聞き終えたベアトリーチェはさすがに口元をヒクつかせていた。
この場に神がいたならば「エグ、ぶっ壊れ性能じゃを!」と叫びそうなくらいには、想定以上の特殊スキルだ。
こんな代物をお土産感覚で悪女に持たせるとはーーと、皇帝のとんでもないイカレっぷりに頭を抱えそうになったが、知ったからには使わないわけにはいかない。
「……はじめましょうか、アドラー」
「ヒヒヒ、仰せの通りに」
利用させていただくわ。
胸にブローチ、腕にはバングルを嵌めたベアトリーチェは、スカーレット邸の地下牢へと歩き出した。
更新遅くなってすみません……!!
次話は土曜日公開予定です。




