52★失敗すれば《即結婚ルート》①
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「俺と結婚しろ」
「…………ん?」
思わず聞き返すような声で反応してしまった。
結婚の意味は分かる。
が、皇帝がペナルティとして稀代の悪女に《結婚する》という条件を出してきた意味がわからない。
「それは―――婚約、では………なく?」
「婚約だと生温いだろう?」
続けて皇帝は「気まぐれに破棄できるようなものは、ペナルティにはなるまい」と真顔で言う。
ベアトリーチェの困惑した脳でも「帝国法でも、婚約は気まぐれに破棄出来るような代物ではないのでは……???」とわかったが、その帝国法を定めたはずの皇帝の真顔と迫力に、「そうか……婚約は生ぬるいのか……」と思い直してしまいそうなほど、瞳がガチよりのガチだった。
男は、ベアトリーチェが宇宙の真理をみつめる子猫のようなまんまるい瞳をしているというのに「いいか?」と尚も念押ししてくる。
「俺を欺いた場合、判明したその瞬間に結婚する。その場でだ」
「――そ、その場で?!」
自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
そういうと皇帝はすいっと右手を動かし、光の粒子で皇帝とベアトリーチェの間に一枚の《魔法の金版》をつくりだした。
「こ、れは……?」
「《契約書》だ」
皇帝の言葉と共に、金版に《契約》との光の文字が刻まれる。
確かに、金版には《ベアトリーチェ・スカーレットは皇帝に嘘偽りなく真実を申告し、万が一、虚偽の内容があった場合、その場で婚姻関係を結ぶ》とある。
そんな、むちゃくちゃな―――と、戸惑っている内に、手首をとられて、金版に手押しさせられる。
「陛下!?」
「理解したならサインを」
「いや、ちょっ………!!」
まって!!
そう叫ぶのもむなしく、ベアトリーチェの指紋を認識したらしい金版は一気に輝きを増し、勝手にサイン欄へベアトリーチェ・スカーレットの名前が皇帝の名前と連名で刻み込まれた。
これはいくらなんでも横暴だ。
すぐさま抗議しようと皇帝を見るも「なに、俺を裏切らなければいいだけの話だ」と鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌な口調で、金版を手のうちに消し去ってしまう。
皇族である《カドニウム家》の得意とする魔法。
それは、《支配》と《契約》。
古来から、金に関連する魔法。
特に錬金術を得意とする一族であったカドニウム家は、その個性で帝国を築きあげるまでに発展させた。そして、年月をかけてその錬金術は進化していき――皇族となった今では、契約書を用いた支配。いわゆる《従属魔法》を得意とし、皇族として帝国の治安を守るに至っている――という事を、今、ベアトリーチェの記憶から思い出した。
「陛下! これはいくらなんで横暴です!! わたくしは納得していませんし、そもそも陛下を欺く気など……!」
「この契約書を作成することで、一番の利点はどこにあると思う?」
「………わたくしが、陛下を裏切らないための抑止力、ですよね?」
「違うな。この魔法により、《婚姻関係》が《可及的速やかに実行される》ことだ」
「は?」
男は言う。
この金版の名のもとに誓約を結ぶことで、事が起こった際、速やかにペナルティが執行される。魔法によって強制的に執行されることで《貴族の婚姻》にまつわる諸々の面倒かつ複雑な手続きが一気に簡略化される、らしい。
「その先は言わなくてもわかるな?」
いや、わからない。
どういう意味だ、と情報過多で混線した頭のまま見つめていると、皇帝はひときわ綺麗な顔を近づけ、耳元でこうささやいた。
「令嬢がこの先、誰と婚約しようが、俺を裏切れば一瞬で夫は俺になるということだ」
「………!」
現行の帝国法では、婚約するのも早くて2週間ほどかかる。
すでに婚約していたとしても、結婚するには更に一か月近くかかるはずだ。
まだ婚約者もいないベアトリーチェとなると、いったいどれだけ時間がかかるのだろうか―――そもそも、婚約する気だってなかったのに!
「そんな、勝手な……」
「何度でもいうが、俺を裏切らなければ執行されることのない契約だ」
そういうと、皇帝はやっとベアトリーチェの上から退き、ソファのサイドに立った。
横になった状態で立ち上がった皇帝を見上げると、恐ろしく足が長い。遥かなる高みから見下ろされながら、「ん」と手を差し出された。
一瞬の逡巡のあと、恐る恐るベアトリーチェはその手を取る。自分よりも大きな手のひらに包み込まれた手はおもったより温かく、一気に抱き上げるようにして立たせられた。
「ただし……」
横に立ったベアトリーチェを皇帝はじっと見つめながら言葉を続ける。
「執行されれば、自由はないと思え。この部屋に監禁し、何をするのも俺の許可が必要となる」
その赤と翠の混じった瞳はじっとりとした湿度で濡れている。声の低さに、ぞくりとした悪寒が走り、戸惑っていると握ったままはなされない手を皇帝の口元に寄せられた。
「……俺以外の男は許さない。他に譲る気はないからな」
「……、っ……」
口元に寄せたベアトリーチェの左手の薬指に、かじりと歯並びのいい白い歯を立てられる。
痛みで顔をしかめると、なぐさめるように指の根元を舌先で舐められた。ざらりとした舌の感触と、指に掛かる吐息が熱くて、生々しく。少し、神獣に首を舐められた時の感覚と似ていた。
「―――話は以上だ。あとはうまく誤魔化しておいてやるから、ここから城外に出て行動しろ」




