51★私に触れないで⑥
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「―――見ての通り、取り込んでいる。そこに置いて出ていけ」
「か、かしこまりました!! 失礼しました!」
高い声と共に扉が閉められ、あっという間に去っていく足音。
あまりのことにベアトリーチェは絶句して声すら出なかった。
これほどまでに、「このまま意識を飛ばしてしまいたい」と思ったことはない。
「陛下!!!」
「……あれは誤解されたな」
「どうするおつもりですか?!」
「どうするつもりもない、想定内だ……おい、どうした?」
「どうしたではありません! はやくそこから……ッ!?」
侍女らに決定的な場面を見られてしまったというのに、いつまでたってもベアトリーチェの上から退かない皇帝。
しれっとした態度にしびれを切らし、厚い胸板を押しのけるようにして両腕を突っ張るも、皇帝は退くどころか、ニヤリと口角をあげた。
それだけでなく、血管が浮き上がるほど力が込められていたベアトリーチェの手をするりとかすめ取ると、戯れにその手の平と手首。両方に連続してちゅっとついばむように唇付けてきたので慌てて手を引いた。
「~~~ッ、陛下!! いい加減にしてください!!」
「……ああ、悪い。その気になっていた」
どういう気だ!!!!!
あまりの事に冷静さを完全に欠いてしまったベアトリーチェは、フーフーッと手負いの獣のように両手を胸元に隠して皇帝を涙目で睨みつけた。にもかかわらず、皇帝はさらに愉し気にニヤニヤとこちらをみてきたので、これはいよいよ頭がおかしい男なのだと確信した。
「お戯れが過ぎます! ……これ以上、私に触れないでください!!」
「………」
はっきりとした拒絶の意を示したというのに、皇帝は動かない。
じっと、何かに取り憑かれたようにベアトリーチェを見下ろしたままだ―――心なしか、ベアトリーチェをみつめる美しいアレキサンドライトの瞳が、黒く濁っているようにも見える。
なんだ、この様子は。
もしかすると――皇帝は、何者かに操られているのだろうか?
黒魔術や、催眠。
もしくは、何らかの呪い、とか。
そう考えると、ベアトリーチェへの異常な急接近にも納得がいく。
元々、ベアトリーチェの知る皇帝は女性を押し倒すような男ではなかった。
前世でも――いや、前世のダンテとはあくまで男友達としてじゃれあっていたので、女性とのかかわり方は知らないが、少なくとも女性の許可なく勝手に身体に触れてくるような礼儀知らずではなかったはずだ。
しかし、そうだとしてもまだ疑念が残る。
ここまで強い覇気を纏った皇帝が、そこらへんの術師に操られるなんて事がありえるのだろうか?
わからない。わからないが、警戒するに越したことはない。
多少不敬であったとしても、今は距離をとるに限る。
「早くそちらを退いてくださ………」
「――もし、俺を欺いた場合の話をしようか?」
突然話を振られて、驚いて見上げる。
どいてくれといったのに、ぐぐっと抱きしめられるように身体を寄せられて、上からスモーキーな男性の香りがぶわりと降ってくる。
「……あ」
いやだ。怖い。
鼓膜から肌を震わす低音といい、この男性的な薫りといい。全てが思考を狂わせてくる。
心臓が体を揺らすほど脈打ち、自分でも聞いたことのないようなか細い声がでてしまった。
「ペナルティがあった方が、刺激的だろう?」
「………」
自分はそうは思いません!!
そう声高に宣言したい気分だが、皇帝の「否」とは言わせない空気感で押し黙っていると「そうだな………」と男は意味深に嗤った。
あ、嫌な予感がする。
「俺と結婚しろ」
「…………ん?」
思わず聞き返すような声で反応してしまった。
結婚の意味は分かる。が、皇帝がペナルティとして稀代の悪女に《結婚する》という指令を出してきた意味がわからない。
夜に続きも公開予定です。よろしくお願いします!




