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48★私に触れないで③




 案内された部屋は、まぎれもなく皇帝陛下の自室だった。

 拷問部屋でも取調室でもなく、応接間と寝台(ベッド)完備の《皇帝陛下の部屋》。



 通されると同時に「楽にしていい」と言われ、五人掛けのソファのど真ん中に座らせられた―――が、目の端に異様な存在感を放つ天蓋付きの寝台が気になって、全く楽にできない。



 これは、色々とマズいのでは?



 ベアトリーチェは公爵令嬢として落ち着きを払った涼しい顔で、座り心地の良さそうな最高級ソファに腰を下ろした―――が、内心は暴風雨のように荒れ狂っていた。



 まって、待ってください。

 この話は『全年齢対象』でしたよね?

 やたら神がわたくしの純潔を気にしていたとしても、そういう展開はないとの話でしたよね?



 でしたよね?



 ………あれ? いつも神が次元の異なる異次元会話をしかけてくるせいで錯覚していたが、そもそもそんな話すらしていなかったかもしれない。

 



「お前達はワインを持ってこい、令嬢に軽食もだ」




 皇帝は皇帝で、しれっと一緒に入ってきた侍女らに指示して召使全員を離席させた。



 おまちなさい。それでは二人きりになるでしょうが。

 時代が違えども《未婚の男女》二人が密室にいるのは危険ですしタブーですし、誰か一人でも残るか、部屋の扉を開けっ放しにするなどの対策は必要でしょう?!



 なぜ律儀に扉を閉めて出ていくのです!!

 


 ベアトリーチェの殺人的な目線(SOS)に気付いているのか、いないのか。侍女らは目線を反らしたまま「承知いたしました」と恭しく出ていった。


 

 この世に、神はいないのか。

 こんな時に限っていつまでたっても姿を見せない神を恨みつつ、ちらりと陛下をみる。彼は退室する執事らから再び書類の束を受け取ると、テーブルをはさんだ対面側にあるソファに腰を下ろした。




 ベアトリーチェの記憶にある陛下は《皇太子(こども)》の頃から、寡黙(かもく)な御方だった。



 優秀な頭脳に卓越した剣術の腕前を持っている陛下は、幼い頃から多くを語らず、落ち着いていた。

 そして、限りなく社交性は乏しかった。

 友好関係を結んだ諸外国との交流は、基本陛下付きの補佐官やお父様が前に出てサポートしていた。

 ベアトリーチェも一目惚れしてからはめげずに何度も話しかけていたが、空気のように無視されてしまい、視線が合うこともなければ、挨拶に応じられたことも一度もなかった。

 

 しかし、その態度は他の令嬢に対しても等しくそうだったので、ベアトリーチェは特に気にしていなかった。むしろ、会うたびにゴミムシを見るような目で見てきては、自分一人にだけわかりやすく辛辣だったルカ・ハーレクイン卿にくらべたら、寡黙な陛下の方が全然マシだったからだ。



 その陛下が自分を気遣い、手ずから案内してくるとなると――いや、やはり何もわからない。本当に何を考えているのだろうか。

 


「腹に何か入れんと(いくさ)はできんからな。私に気にせず食べるといい」

「……お心遣い、痛み入ります」

「時間がない。さっそく本題に入るが貴殿の父、ダリ・スカーレット卿には《違法薬物製造と不正流通の嫌疑》がかけられている」



 

 両者向き合ったところで、さっそく本題に入る皇帝陛下。

 捜査資料をめくりつつ話を始める様子に、心配したような《妙な空気感》はなく、ベアトリーチェはそのことに安堵しながら姿勢を正し、「そのようですね」と返した。




「これが真実だとしたら、この事実を知りつつ関わっていた者は()()()()()()()()()()()となる。帝国で違法薬物の製造も流通も重罪だ」




 そのように帝国法を改正したのは、他ならぬ、目の前にいる皇帝自身だ。

 男は、尋問官のような目線で射抜くようにこちらを見る。




「……どこまで知っている?」

「父は冤罪(えんざい)です」

「そうか」



 

 単刀直入な問いに、返す刀で答える。

 答えになっていないのは重々承知の上だが、先にこちらのスタンスをはっきりさせておかなければと思って答えてみたものの、陛下のあっさりした反応に逆に拍子抜けした。

 もっと追及されるものだと身構えていただけに「それでいいのか?」と言わんばかりに言葉に窮していると、「そもそも私は、君の父親が主犯とは考えていない」と呼び名を《貴殿》から、《君》へと気安い方へ変えてつづける。




「それはどうしてでしょう?」

「提出された資料を見る限り状況証拠ばかりで物的証拠がない。その上、その状況証拠も決定打にかけるものばかりだ」




 皇帝が捜査資料をめくりながら答える。




「もっともらしい事実と虚構(フィクション)を巧妙に仕組んだトラップのような事件だ。そして、その最後のピースを埋める主役が、おそらく………」


「わたくしですか?」


「そうだ」




 皇帝がベアトリーチェをみて二ッと笑う。



「流れを見るに、ダリ・スカーレットが主犯と見せかけておいて、実際の真犯人は稀代の悪女たる令嬢だった――その二段構えを狙っているのだろう」

「その割に、騎士団の方々はわたくしと父を主犯と決めつけていたようですが?」

「敵をあぶりだすには味方から騙すものだろう?」



 それに奴らは顔に出し過ぎる。捜査に向いていない、と身もふたもないことをいい、二人の間にあるテーブルの上に捜査資料の束を投げ置いた。

 これも演技のうちで、おそらく皇帝はベアトリーチェの反応を伺っているのだろう。

 ベアトリーチェはさして気にもしていない様子で「大変ですね」と返すと、また皇帝は口角を吊り上げた。



「思った以上に落ち着いているようだが、その様子だと君は自分を貶めようとしている犯人の目星がついているのか?」


「そうですね。まだ確証はございませんが、心当たりならございます」




 お任せいただけるのであれば、物的証拠もおだしできるかと。

 ベアトリーチェが悪女の笑み浮かべて皇帝に微笑みかけると、皇帝は至極楽しそうに「ほお?」と自身の顎に指を添えてこちらをみた。



「他に疑いのある者に関する情報を提供するのであれば、君の父親の減刑を考慮してやろうと思っていたが、自ら捜査に加わると?」


「そういう意味で、人払いをしてくださったのかと判断しましたが違ってましたか?」


「いいや? 違わない」



 皇帝はソファに背をもたれかけるように姿勢を変えた。

 いくらなんでもリラックスしすぎではないだろうか。これも彼の策略なのだろうか。




「司法取引を持ち掛けつつ、あわよくば、とは思っていたが、まさか自ら(おとり)捜査に加わるといいだすとは思わなかっただけだ」 

 

「陛下。わたくしは囮になるつもりはありません」




 あくまで、父が犯人ではないという証拠をお出しするだけです。そう続けるベアトリーチェに、皇帝は「それでいい」と言いつつ、鋭い目線を寄越した。

  



「ただし、私を(あざむ)いた時は………わかっているな?」

「もちろんでございま――」




 す、と最後まで言えなかった。

 目の前のテーブルの上に、音もなく神獣テオスカトリが顕現していたからだ。



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