47★私に触れないで②
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風呂から上がったベアトリーチェに、若い侍女らが着替えとして持ってきたのは、なんと《乗馬服》だった。
それも男性が着るようなパンツスタイルの服。
貴婦人用に仕立て直したものらしく、ネイビーの上着は燕尾服のように背面の裾が長く、所々に金の刺繍が入っており美しい仕立てになっている。そして、白のパンツに乗馬用のブーツまで。
「―――いい趣味ね」
今から馬術でも始めるのかという完璧な乗馬スタイルな自分の姿を全身鏡で見ながら、自然と唇からこぼる称賛。しかし、鏡越しに見える侍女らは相変わらず肩を縮ませて、青い顔をしていた。
どうやら、宝石を受け取ったにもかかわらず、豪華で美しいドレスではなく、この世界の貴婦人らが忌避しがちな《乗馬服》をもってきたのだから、ベアトリーチェが怒り狂うだろうと想定していたのだろう。
「動きやすくてちょうどいいわ。ドレスではなく、こういう服を求めていたのよ」
感謝するわ、と笑みを浮かべてベアトリーチェが振り返りながら言うと、やっと侍女らは嘘偽りのない言葉と理解したのか、心から安堵したように胸をなでおろしていた。
「これはお前たちが選んだの?」
「いえ、この服は《皇帝陛下》が令嬢にと……」
「陛下が? なぜ?」
「それは私達にも……」
「………ふうん?」
改めて服を見る。背丈のあるベアトリーチェには少し小さめのサイズのようで、胸部分が特に窮屈だったが、縫製がしっかりしているおかげで着れないほどではない。
ベアトリーチェは艶やかな紅髪を手早く一つにまとめ、再び全身鏡を見つつ、自分で高い位置にポニーテールを作りながら「……陛下へ、ご配慮に感謝します、と伝えておいて」と鏡越しに侍女らに伝えた。
しかし、鏡越しに見る侍女らは揃ったように狼狽えだし困ったように顔を見合わせだす。
「――なに? なにか問題があるの?」
「い、いえ!! そうではなく……」
「そうではなく、何?」
「その……何も私共が伝えなくとも、陛下はすでに浴室の外の部屋でお待ちになられておりまして……ベアトリーチェ様からの直接のお言葉の方が陛下も喜ばれるかと……」
「―――はぁ?」
ベアトリーチェが思いっきり顔をしかめると、逆に侍女らが驚いた顔をしていた。
そうだった。自分は皇帝陛下の追っかけだった女。
すると、この反応は違和感でしかないに違いない。
0.1秒ほど脳内で会議した結果、ここは陛下に陶酔している悪女でいた方が色々と都合がいいだろうと考え、「あら、そうだったのね」と今更だが作ったような笑顔をうかべた。
「でも、陛下は大変お忙しいのではなかったのかしら? かなりお待たせしてしまったのではなくて?」
「は、はい。私たちも自室でお待ちくださいとお伝えしたのですが、その……すぐにでもお話がされたいようで」
「…………」
なるほど。《重要参考人》が湯浴み中に逃げ出さないか見張っていた、というわけか。
さすが皇帝。抜け目がない。
実際、場合によっては宝石を使って侍女らをまるめこみ、逃亡を図ろうとしていただけに背中に冷たい汗が流れる。
「では、すぐに話を?」
「いえ、ベアトリーチェ様が湯浴みから出たのちに、陛下の自室で改めてお話をされるとのことです」
「…………そう」
なら、やはり、監視目的か。
この様子だと、湯あみ中の会話も聞かれていた可能性もある。皇宮の侍女に宝石を与えたことも――まぁ、侍女らの顔を見る限りではバレてはいなさそうだが。特に妙な会話をした覚えもないし、ひとまずは大丈夫だろう。
「……ところで」
「はい?」
「………いえ、なんでもないわ」
―――ところで、今から陛下と話す部屋というのは、本当の意味での陛下の自室なのかしら?
そう侍女らに尋ねたかったが、なんとなく聞くのが憚られたベアトリーチェは、とりあえず深呼吸したのちに、「案内して」というだけにとどめた。
★
「終わったか」
扉を開けると、本当に皇帝陛下がその先の部屋で座って待っていた。
手にはいくつもの書類を持っており、それらを厳しい目線で眺めていたが、ベアトリーチェが現れると鋭い目線はそのままにベアトリーチェに向けられた。
あたりさわりのない笑顔でその視線を受け止めたが―――内心は、先ほど浴室内で見た映像と重なって、ピリッとした痛みにも似た何かが首筋を走った。
皇帝陛下は、穏やかな笑みを浮かべたままのベアトリーチェをじっと見つめていたかと思うと、上から下まで目線を移動させ――。
「………よく似合っているな」
「ありがとうございます。服もご用意していただけたようで、ご厚意に感謝いたします」
「気にするな」
いいつつ、傍に控えていた執事に書類をわたし、椅子から立ち上がるとベアトリーチェへと歩み寄った。
「サイズは少し小さかったか?」
「気になりませんわ」
「そうか? ……随分と窮屈そうだが」
いいつつ、陛下の目線が胸部に集中していることに気付き、思いっきり顔をしかめた。胸元を隠すように腕を組み、「陛下、服より話の内容を気にした方がよいのでは?」と嫌味ったらしく尋ねると、男は至極楽しそうに組まれたベアトリーチェの右手を取り。
「……そうだな、ならさっそく私の部屋へ案内するとしよう」
そういい、手の甲に軽く口づけられた。
ちゅ、としたリップ音が響き、口づけられた部分から肩にかけて熱が広がる様な感覚に、ピクンと指先が震える。
ベアトリーチェはその甘ったるい行為を社交辞令として受け取っていたのだが、周りで一部始終をみていた執事や侍女らが驚きのあまりに硬直し、口をあんぐりと開け、呼吸を止めていたことには気づけなかった。
目の前にいる皇帝をどう出し抜くかを考えるあまり、湯浴みを終えた令嬢を《そのまま自室へ連れ込む》という皇帝の行為の意味と、それに伴う《噂》の発生を深く考えていなかったのだ。




