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46★私に触れないで①

.



「どうしてこうなりましたの……?」





 数刻前。

 帝国の太陽である皇帝陛下に抱きかかえられてスペクトル城内に入った後。


 

 皇帝が「客人のドレスが汚れたようだ。湯浴みの準備を」と言われて、そのまま浴室に連れてこられた。



 一瞬、正気かこの男――と、未婚(みこん)の女を浴室に連れこむ皇帝の神経を疑ったが、ちゃんと浴室には数人の侍女が存在したので安心した。それはそう。

 皇帝が退室したあと、侍女によりあれよあれよとドレスを脱がされ、湯浴みさせられ、今に至る。





「一体、何を考えているの……?」

「も、もうしわけございません!!」

「お前達には言ってないわ」




 これで何度目だろうか。

 皇宮の侍女だけあって彼女らの手際は素晴らしいものの、稀代の悪女である自分の一挙一動(いっきょいちどう)に怯え、びくびくと身を縮こませながら働く姿は、かなり哀れ。


 それはそうだろう。なんせ、先ほどまで重罪人が入る牢獄にいた凶悪犯罪者たる悪女が、皇宮の大浴場に堂々と浸かっているのだ。

 わけがわからないだろうと思うが、自分もわけがわからないのだからどうしようもない。


 とりあえず、言われた通り最高級のもてなしをしてくれているであろう彼女らに感謝し、黙って受け入れている。



 そして、皇帝が居ないにも関わらずあの《神様》もまた、いっこうに姿を現さない。

 このまま雲隠れする気なのだろうか。

 ベアトリーチェは濡れた長い前髪をかきあげながら、「はぁ」とため息をついた。後ろで髪を洗う侍女が怯えたような気配がしたが、気にせず湯につかりながら豪奢な天井を見上げる。




 理由はどうであれ、どうやら皇帝は《悪女の言い分》もきいてくれるようだ。

 その機会を逃すわけにはいかない。




 てっきり投獄されたまま問答無用で裁判へと突入すると思ったからこそ、脱獄を(くわだ)てたのであって、話を聞いてくれるならそれに越したことはない。



 なんせ、自分は《無実》なのだから。 

 そう思いつつ、濡れた髪を(くし)()かす侍女の手つきにゆっくりと瞼を閉じた。











『もうおやめください!! ベアトリーチェ・スカーレット様!!』




 目を開けると、悲痛な表情でこちらをみて叫ぶ聖女リリィ・ハルモニア。

 そして、その彼女が(すが)るのは皇帝ダンテ。

 彼は眉間にしわを寄せ、殺人的な表情でじっとこちらを見据えている―――こちら?



 |ベアトリーチェ・スカーレット《わたくし》を?





『今ならまだ間に合います! ベアトリーチェ様! どうかこれ以上民を苦しめないでくださいませ!』


『……わたくしが?』




 わたくしが、何をしたというの?


 大粒の宝石のような涙を溢す聖女。それを信じられないような目で見ていると、皇帝が静かに動いた。

 ゆっくりとこちらへ歩み寄る長い脚。

 スローモーションで流れる映像に、足が動かない。


 どうして彼は、あんなに怒っているんだろう。





『ダンテ様、ダンテ様はわかってくださいますわよね?!』




 口が勝手に動く。

 甘えたような声で縋るように皇帝に言い寄るが、彼は厳しい目つきを強くしただけ。




『ダンテ様と結ばれるのはこのわたくし! わたくしはダンテ様と結ばれるために―――……!!』




 

 言葉は最後まで続かなかった。

 胸に、皇帝の剣が突き刺さっていたから。





『がッ………っ、は、』




 

 涙が零れる。ぐる、じい。いぎが、できな………。

 剣が突き刺さった部分から、紅の鮮血がじわじわと広がる。薔薇が花弁を開くように。

 心臓を一突きにされたのだと気づいた事には、脳に血流が回らなくなっていた。



 涙を流しながらぐらりと揺れる視界。黒ずんでいく景色の中。

 小刻みに揺れる指先を、彼へ向けて精一杯伸ばす。

 あと少しで、彼に触れられる――そう思ったのに、彼は一歩引いて剣を胸から引き抜いた。




 剣を抜かれ、堰をきったように噴き出す紅。


   


 頬に返り血を浴びた彼の瞳は、ゴミを見る様に冷ややかで。汚らしいものを拭うように親指で返り血をぬぐいながら、こちらをみて吐き捨てるように何かをつぶやいた。






『――……』












「―――――ッ!!!」

「も、申し訳ございません!!!」



 

 金切り声で謝罪する侍女。

 見上げた天井は皇宮の浴室。一瞬、眠っていたのだろうか。




「ど、どこか痛みますでしょうか……?!」

「……いえ、問題ないわ」

「で、ですが……」



 ベアトリーチェの身体を気遣う侍女の言葉もろくに入らない。

 今の生々しすぎる映像は、以前視た《天眼通》と同じものなのだろうか。

 湯につかったままの胸に触れる。そこには傷一つない、白玉のような肌にふくよかな胸部。




 ―――そうか。わたくしはこのままいくと、彼に殺されるのか。




 その予感は、まるで外れていたピースが元の場所に当てはまったかのようにしっくりするものだった。

 そうか。

 そういうことか。

 それならば。

 



「べ、……ベアトリーチェ様……?」

「お前達。その汚れたドレスについている宝石を一粒ずつ与えるから少し手を貸しなさい」

「は、はいいいッ……ってえ?!」




 いいんですか?! と疑惑の瞳で見てくる侍女らに「労働対価よ」言い、ざぱぁと湯から立ち上がる。

 湯気に包まれたベアトリーチェの美しい裸体に、女同士であるにも関わらず侍女らが顔を赤らめて目を反らした。



 よく見ると年若い娘ばかり。悪女の湯浴みという想定外の仕事を押し付けられた哀れな彼女らを横目で見つつ「他の者には黙ってなさい」と唇を吊り上げながら口止めする。




 

 ――前世のダンテは、女性にあまり興味がないようだった。




 孤児院へ手伝いに来るシスター達から言い寄られている姿は何度か見たが、誰かと付き合ったり、恋仲になった相手を紹介されるようなことはなかった。


 今世のダンテはどうか知らないが、聖女リリィ・ハルモニアとイイ仲であるという噂がある以上、今見た映像は限りなく《今後の展開》に近しいものなのだろう。





 濡れた紅の髪を耳にかけながら、ベアトリーチェは不敵にほほ笑んだ。

 



 

 

「やられる前に、やってやるわ」





 ダンテ。

 悪いが、君を利用させてもらう。





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