41★悪女と駆け引き
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「なかなか来ないと思ったら、そんなところにいたのか」
ベアトリーチェ・スカーレット。
そこに立っていたのは、皇帝陛下ダンテ・アレキサンダー・カドニウムだった。
皇帝は出会った時と同じ、黒を基調とした正装に金縁の装飾がされており、色とりどりの勲章を右胸につけていた。重厚な黒のマントを羽織った彼は騎士団長のグイードよりもガッシリとした肩幅と体躯で、雰囲気からして強者のオーラを纏っていた。
無意識にちらりと腰を見る。帯刀はしていないようだ。斬り殺しにきたわけでないのだろうか。
「…………帝国の太陽に、ご挨拶申し上げ」
「いい、堅苦しいのはやめろ」
好きじゃない、と返され、そこから先は口を噤む。
相変わらず、この体。ベアトリーチェの身体は、相手が皇帝陛下だと視認した時から、肌がピリピリとひりついて、心臓の脈が不規則に乱れだす。
呼吸が浅くなり、緊張しているのを悟られないよう、ベアトリーチェは無意識に心臓を守る様にぎゅうっと胸元を両腕で抱きしめるように覆った。
「―――それで? そこから出られないのか?」
ちらりと、翠と紅の半々の瞳で、胸に抱いていた簪を見る。
まずい。思わず簪を背後に隠しつつ「ええ、そうですね」と目線を反らしながら返した。まるで、今から脱獄することを見透かされていたような視線で、居心地が悪い。
「しかし、残念だ。俺はこの牢の鍵をもっていない」
「……」
「というわけで、自分で開けてくれ」
いいつつ、皇帝陛下は施錠された牢獄の前で悠然と腕を組むと、鉄格子越しにベアトリーチェを見下ろす。
唯一の明かりが皇帝の背後にある微かな灯かりだけだったので、逆光のため陛下の顔が暗くてよく見えない。が、どうやら少しこの状況を愉しんでいるかのような声音だ。
ばくばくと、心臓の音がやたら大きく聞こえるようだ。
誰と会っても、こんなに緊張する事はなかった。相手が皇帝陛下だからだろうか。それとも、これが《恋》というものの弊害なのだろうか。
「………スキルも何もないわたくしには、無理な話でございます」
ベアトリーチェが何もできないと踏んだ上でこの状況を愉しんでいるのだとしたら大分底意地が悪いし、悪女が何かしでかすと判断しての行動なら、なおさら今は動くわけにはいかない。
ベアトリーチェはできる限り《非力、かつ無害な女》を演じようと、自分を抱きしめるように身体を縮こませ、俯きながら「陛下にこれ以上ご迷惑をかけぬよう、身の潔白が晴れるまでここで大人しく過ごそうと思います」と殊勝な態度に徹した。
権力に屈し、何もできない非力な悪女に陛下が興味をなくし、さっさとどこかへ消え去ってくれることを祈りながら。
「そうか」
返す皇帝陛下の声は、無機質な声だった。
「ならば仕方ない」
いいつつ、陛下がおもむろに鉄格子に近づき、出入り口の扉を施錠している《錠前》を手袋をはめた手に取る。陛下の大きな手のひらにちょうど収まるその重厚な錠前。それを、しばし見つめると、陛下は親指を錠前の真ん中に置き、指先の力だけでグッと押す。
「《脱獄劇》を見られるかと、期待していたが」
ベキッッという金属が破裂するような音とともに、陛下の手の中にあった金属製の錠前が粉々に破損していた。
音に驚き、ベアトリーチェが呆気に取られて目を見開いていると、陛下は。
「――次は、自分で開けるんだな」
そういい、手の中にあった《錠前だったもの》をバラバラと地面に捨て、屑を払うようにパンパンと手を叩いた。




