38☆グイード・アジュールの苦悩②
☆
『ばあさん! テメーッ!! オレのエミリー姉ちゃんを泣かせたなぁ?!』
たまに孤児院にやってくる、白いローブを着た老婆。
その老婆の背に向けて、太い木の棒をふりまわしながら襲い掛かると、今日も軽くよけられ、返す杖で思い切り殴られた。
『いてぇええええ!! このッ、ババア!! 加減しろよ!!』
『おやおや、今日の孤児院はまた一段とにぎやかだねぇ』
こーんな悪ガキがいたとわねぇ、腕がなるねぇ、と老婆はにこやかに俺の頭をゲンコツでゴリゴリしてきた。これがまた死ぬほど痛い。枯れ木みたいな腕のくせに、このばあさんはアホのように力が強い。
『レディを背後から襲うんじゃないよ、正々堂々と真正面から挑みな』
『真正面からいったら避けたじゃねぇか!!!!』
『女性に暴力をふるうなんて紳士道に欠けるねぇ。修正しようねぇ』
『いでででででで!!』
子供に暴力ふるう大人がどうなんだよ!! それでも《大聖女》なのかよ!!
そう叫ぶと、「おや、大聖女だって認めてくれるのかい?」と手を離された。
『ったりめぇだ! そういわねぇと姉ちゃんが怒るからな』
『エミリーは本当にいい子だからねぇ』
『ボケたフリすんじゃねぇ! そんなエミリー姉ちゃんの手を【緑の手】とかいって泣かせただろ!!』
そういうと、老婆は「うーん、確かに、言われてみれば泣かせてしまったのかもしれんねぇ」と悩んでいた。
やっぱりそうだ。
俺は木の棒をまた握りしめて、真正面から老婆に向き合って距離を置いた。
『姉ちゃんを泣かせる奴は許さねぇ!!』
『ああ、これこれ。棒をそんな持ち方をしては危ないよ』
『うるせーー!!! 馬鹿にすん……!!』
思いっきり襲い掛かったのに、老婆が消えた。
『ばあさんが……消えた?!』
放心状態で立ちすくんでいると『消えとらんわい』と背後から声が聞こえ、思いっきりばあさんの杖で足を払われ、顔面から地面にすっころんだ。
『目先の敵ばかりみて、足元がおろそかになっておる。周りをよく見て判断せい。隙だらけじゃ』
呆れたような声で老婆が「ほれ、立ちなさい」と言われた。
『なんで……ばあさんのくせに』
『これでも、若い頃は男勝りに《剣の達人》と手合わせしとってのう、ほほほ!!』
『剣の達人って誰だよ、俺の知ってる人?』
『…………いいや、知らない人だよ』
虹色の瞳の中に、懐かしむ色と混ざり合うように憂いを落とす、悲しい色。
彼女はいつだって自分たちの姿を通して、別の誰かを見つめているようだった。
そうだ、《師匠》だ。
夢の中に出てくる、銀髪の師。
杖をついて歩く老婆とは思えない身のこなしで、子供の自分にも容赦なく剣を叩き落としてきたあの《大聖女》。
『そうか。グイードは聖騎士になりたいのか』
『どうせ孤児の俺が聖騎士になんてなれるわけねーっていうんだろ』
『憶測で物事を語るのはおやめ。お前には素質がある。少々向こう見ずだがね』
そして、誰よりも真剣に、自分の《訓練》に付き合ってくれた唯一の大人。
俺はきっと、師匠より強い人間なんていないんじゃないか、というくらい、彼女の強さに何度も打ちのめされて―――励まされた。
『剣を持つには覚悟が必要じゃ』
『そうでないと、剣の重みに負けてしまい、動けなくなる』
『命の重みと、武器の重さを測れるものだけが強く生き残る世界じゃ』
『わぁーってるよ……』
ぎゅうっと木材で作った剣を握る。
戦争で、親も兄弟も殺された。俺は元々、この国の人間じゃなった。
肌の色も俺だけ小麦色で、人買いに売られてたのを助けてくれたのが、闇市を見回りに来ていた大聖女だった。
だから、この孤児院で唯一本音で話せるのも、大聖女だけだった。
そして、本物の家族のように育ててくれたのがエミリーだった。
だから、俺は《孤児》で《異国の人間》の自分にやさしくしてくれた人たちを、守るだけの力と、技術がほしかった。
『ふん、聖騎士になれたらばあさんのことも俺が守ってやるよ!』
『楽しみだねぇ。じゃが、その前にわしに一度でも勝つんじゃな』
『ぐぐぐぐ』
ばあさんのクセに、すばしっこい。その上、攻撃が見えない。丸腰なのに、風のように動く。
ばあさんは虹色の――姉曰く、宝石のような瞳を意地悪く光らせた。
『そう、焦らんでもわしは逃げも隠れもせんわい』
『お前さんが聖騎士になるときは、大聖女のわしが任命式をつとめてやろう』
偉大なる、若き聖騎士だと。
そういってたくせに、死んだじゃないか。
俺が聖騎士になる前に、呆気なく命を手放したじゃないか。
あれだけ命の重さを語っていたくせに、あんたの命は守らせてもくれなかった。
大聖女の安らかな顔の横で泣き続ける姉。その横で、俺は泣くに泣けなかった。
自分が情けなくて。
俺が聖騎士になりたいって言っても笑わずに、本気で怒り、叩き、応援してくれた人を、守れなかった。
☆
「……っは……!!」
朝、だ。
朝―――これは、現実なのか? 夢なのか?
夢の中よりも、大きな自分の手を見て、「あぁ、そうだ。俺は《グイード・アジュール》だ」と再認識する。
全身は汗でびっしょりと濡れていて、動悸が治まらない。
夢とはとても思えないほど、生々しい夢。最後はいつも、苦悩と後悔で終わる夢。
「俺は………」
ちらりと横を見ると、立てかけた蒼剣。
騎士団長として、代々アジュール家に受け継がれる聖なる剣。
それを、落としてしまった。稀代の悪女の手刀で。




