35★悪女の監獄ライフははじまらない
やっと己の身の心配だけできると安堵したベアトリーチェは「よっこいしょ」と、ドレス姿のまま、ややぬるつく地面に寝転がった。
《―――え、ヤバ。アンタ何してンの?》
「見てお分かりになりませんか? 寝ます」
《「寝ます」?!?!!?》
ベアトリーチェの発言に、神が歯を剥き出しにして驚愕する。
《唇だけ》で喜怒哀楽と、それ以上の感情を表現できる神は凄いな~と、眺めつつベアトリーチェは瞳を閉じた。
寝転がってみると、やはりごつごつした岩肌の寝心地は悪い。
しかし、ドレスのボリュームのおかげかそう痛くもない。美しいドレスが煤汚れてしまうのは忍びないが、休まないことには話は始まらないのだ。
《え。え。待って……嘘でしょ、アンタ。投獄中よ……!? 助けを求めたり、神に縋ってみたりとか、わたくしは悪くない! これは何かの間違いよ!! と叫ぶだとかのパフォーマンスは……!!?》
「それらの演出は必須ですか?」
《いいえ、任意です》
「ならいたしません。体力の無駄です」
《無駄ァ?!?!?!》
唇だけの存在がベアトリーチェの肩から外れ、ひっくり返っている。蛙のようだな、と神が聞いたら卒倒しそうなことを考えつつ。
「今は夕方頃。《脱獄》するなら日の沈んだ夜間が鉄則でしょう?」
なので、《夜》になるまで寝て待ち、体力を温存します。
そう言い切るベアトリーチェに「《窓がないのに、どうやって夜になったかどうか判断するわけ?》」と神が問うと。
「そこは《神頼み》です。夜になったら起こしていただけると幸いです」
《神頼みの意味若干履き違えてるんよね~~~~》
百歩譲って夜に起こしたとして、本気で脱獄する気!?
そう続ける神に、ベアトリーチェは片目だけ開けて、ウィンクするようにニヤッと笑う。
「《違法薬物製造と不正流通》の嫌疑をかけられたからには、速やかに絶対的な物的証拠をお出し、疑いを晴らさなければ。初動が一歩でも遅れてしまえば、こちら側の没落を狙う不届き者に《証拠》や《証人》を捏造され、スカーレット一家まとめて《有罪処刑エンド》ですから」
言いながら、ベアトリーチェはちらりと鉄格子にかけられた、四角く黒い本体にU字型の掛金が一体となった《錠前》を見る。
「――それに、この程度の鉄格子。わたくしであれば5秒あれば開錠できます」
《こわ。なにそれ。いきなり知らん設定ださんといてよ》
「あら? わたくし、『言葉』よりも先に様々な錠前の開錠を覚えたという話、以前お話しませんでしたっけ?」
言いつつ、ベアトリーチェが髪飾りの一つを手に取り、引き抜く。
綺麗に編み込まれていたサイドの紅髪がはらりとほどけ、やわらかい金属を細長く加工した特殊な簪が姿を現した。
「アネモネ組に依頼して仕込ませていました。これで5秒です。スキルなしだと油断して身体検査もろくにせず、投獄した途端、魔法の手枷まで安易に外したあちらの落ち度ですわね」
《人生何回目の投獄?》
「ご安心ください。今世では初めてでございます」
《騎士団長に「わたくしは逃げも隠れもしませんわ」って言ってなかった?》
「悪女の発言を鵜呑みにして警備を手薄にする方が愚かなのです」
《こら~~~~~!!!!!!》
悪いぞ~~~!!
と、神が明らかに興奮しているのを横目に「あとはここから脱獄したあと、どういう手順で無実を釈明していくかなんですけどね……」と呟いたところで、遠くからこちらに近づく革靴の音が聞こえた。
「………誰か来ましたね」
《騎士団長じゃない? トドメ差しにきたんじゃ》
「そうなると、わたくしの武器はこの簪一つなわけですから《一撃》で仕留めなければなりませんね」
簪を握りしめて、ゆっくりと上体を起こす。
足音は、男。
それも《一人》だ。響く音から察するに、とても落ち着いた《音》をしている。
グイード・アジュールならば、《怒り》の方が先行して荒々しい音が響いていただろう。
もしかして、ラザロやパオロ公爵あたりが助けに――?
そう、淡い期待を込めて、目を凝らした時だ。
「―――なんだ」
鼓膜に響く低音の声。
薄暗い通路から姿を現した、体格のいい美丈夫。
誰よりも圧倒的強者のオーラを醸し出す君主様は、実に愉快そうに口角を吊り上げながら、檻の中からこちらを鋭く見据える悪女を捕らえると、アレキサンドライトの瞳を愉し気に細めた。
「なかなか来ないと思ったら、そこにいたのか」
そこにいたのは、帝国の太陽、《皇帝ダンテ》だった。




