33★はじめての監獄
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前略、お父様。
わたくしは今、スペクトル城の《監獄》にいます。
お父様は、どちらの監獄にいらっしゃいますか?
《突然の投獄。処刑の予感。ぞッくぞくするわね……!!》
「神よ、少しお黙りください」
馬小屋のような広さの監獄は、石造りの壁に重厚な鉄格子と重罪人仕様となっている。
地下のためか外壁に窓はなく、じめじめとした仄暗い湿気に満ちている。明かりは鉄格子の向こうにある小さな蝋燭のみ。
頑丈な牢のせいか、それとも自分が女だからと侮られているのか。
お隣さんはおろか、見張りも看守もおらず、ベアトリーチェはこの地下で現在放置状態。
ちなみにだが、同時に逮捕された父は別階にいるようだ。
そのため、《同室者》―――というより、野次馬根性でベアトリーチェの肩に引っ付いてきた《神》は、この急展開に絶賛興奮中でおしゃべりが止まらない。
監獄へ連行される時も「ヤバ~~!! 悪役令嬢処刑エンドじゃん!! ヤバない!? どうすんの?! ここから入れる保険あるんですかァ~~ッ!?」と意味不明な言葉をわめいていた。
《どうせアンタしか聞こえてないんだからいいじゃない!!》
「この流れも神の悪戯ですか?」
《ちょっと~言いがかりはよしてよね!! アタシは原作改変に関わりたくないタイプなのッ! 水が上から下へ流れるように、流れをせき止めたり、変えたりなんて野暮な事はしないわ!!》
だって面白くないんだもん!! 自然発生が一番!!
そう、ふてくされる神に謝罪すべきか否か。
《にしても、新キャラのハンサム騎士ヤバかったわね~》
「しんきゃら?」
《アンタが剣を叩き落としたあの蒼髪のハンサム騎士よ》
「あぁ……グイード・アジュール騎士団長?」
《そう、そのグッド・ルッキングガイ》
「グイード・アジュールです」
《っていうかアンタやりすぎでしょ。そりゃ問答無用で投獄されるわよ》
神が呆れるのも仕方ない。
投獄される数刻前。
わたくしはうっかり、あの宰相室で帝国の騎士団長相手に色々とやらかしてしまったのだ。
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「貴殿らを、《違法薬物製造・不正流通の容疑》で逮捕する!!」
「……………は?」
紺碧色の髪に、ラピスラズリ色の瞳に睨まれるまではまだよかった。
しかし、宰相室内で、父に剣先を向けられた時は我慢ならなかった。
「―――お前」
ベアトリーチェは音もなく、剣を構えるグイード・アジュールの隣に移動していた。
170㎝はあるベアトリーチェが軽く見上げる背の高さ。皇帝陛下と同じくらいの背丈のグイード・アジュールを下から鋭く睨み上げた。
そしてグイード・アジュールが、ベアトリーチェの速さに対応しきれないうちに、蒼剣を握るグイードの手首に凄まじい速さと重さの手刀を叩き込んだのだ。
―――ゴッ!! ……ガランッ、カラカラ……
「―――ッ…………?!」
「こんな大勢人のいる狭い場所で、剣を振りかざす騎士がいるか」
愚か者めが。
カラカラと乾いた音を立てて、グイードの手から落ちた蒼剣。
ベアトリーチェの、18歳の令嬢とは思えないほどの低い声と、底知れぬ気迫。
ラピスラズリの瞳が驚愕に見開かれて、息を飲んだ。
「―――きッ、貴様!! この罪人が!!! 動くな!!」
騎士団長の代わりに、周りにいた控えの騎士らが狂ったように叫び出すが、全員及び腰で、ベアトリーチェに近づこうともしない。
「――ならば、最初から『動くな』と、口でいえばよかったでしょうに。仲間も多く引き連れておいて団長殿がそのように考えなく剣を抜かれては騎士団の面目が丸つぶれですわ」
あと、隙だらけです。そんな様子だと罪人にも簡単に逃げられますわよ?
ベアトリーチェが高圧的に腕を組み、騎士らを睨みつけるようにして声を上げる。
その天下の騎士団が一人の娘に恐れおののいている様子に、ベアトリーチェが呆れたように嘆息し、己の手首を騎士団へ見せた。
「逮捕するならすればいい。わたくしは逃げも隠れもしませんわ」
「――そうだな。疑わしきは罰せねばならんしな」
堂々としたベアトリーチェに賛同するように、ダリもコホンと咳払いすると「で? どこに行けばよいのかね? 『逮捕される』のは初めてなのでね」と一歩前に出た。
「ベアトリーチェ嬢! ダリ!!」
パオロ公爵の方が、よほど取り乱していた。結局、ダリとベアトリーチェ、それぞれに魔法の手枷をされ、この監獄へと連行されたのだが―――。
「……まて、悪女」
「なぁに? それ、わたくしのことかしら?」
手枷を嵌められ、部屋から出ていく直前。固まったままだったグイードに声を掛けられたベアトリーチェが、嘲るように振り返る。
見ると、男は瞳に一層怒りを募らせて「……この詐欺師が!!!」と怒鳴った。
「……詐欺師?」
「俺の、腹違いの妹をたぶらかしただろう!!」
「……妹?」
「とぼけるんじゃない! エミリーに店をやるだとか騙しておいて犯罪行為に加担させたな!?!」
エミリー。
その名前にまさか、と脳裏に乾燥した茶髪のおさげがよぎる。
薬局で一人、手を緑にしながら細い体で重圧に耐えながら働いていたそばかすの少女?
「………お前が、エミリーの《兄》だというの?」
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