32★蒼剣をかまえし闖入者
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「……ご存じ、だったのですか?」
ハーレクイン公爵の突然の爆弾発言。
声を上げるような失態は犯さなかったものの、さすがのベアトリーチェも軽く目を見張った。
まさか、この男。
ルカに恋人がいるのを知っていた上で、父ダリからベアトリーチェの釣書を受け取り、ルカにみせたというのか。
「そりゃあもう。わかっててダリにお願いして君の釣書を受け取ったしねぇ」
「……それは、さすがに理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そうだよねぇ。もちろん君には悪いことをしたと思っているんだよ」
だからこうして、直接謝罪しに来たわけです。と、パオロ公爵がベアトリーチェの目の前に移動すると、その場で片膝をついた。
なんということだ。ベアトリーチェが激昂することも見越した上での登場だったのか。
「……ハーレクイン公爵様」
「いや、いいんだ。恋人がいるといいつつ婚約もせず、かといってベアトリーチェ嬢の情報ばかり追いかけまわしているどっちつかずの息子は置いておいて、令嬢の釣書を利用した件は謝罪させておくれ」
「ベアトリーチェ、私もだ」
父ダリまで、パオロの横に並ぶと膝をつきだす。もう一体どうなっているのだ。
今更になって父の執務室に、補佐官が誰一人いない状況の意味に気付いた。
二人そろっての謝罪。
最初からこれが目的だったのだ。
「お二人ともおやめください。……そうではなく、経緯の説明をお願い致します。そうでないと、許すに許せません」
おそらく、大の大人2人の同時謝罪でベアトリーチェが咄嗟に『許す』と発言する状況を狙っていたのだろうが、そうはいかせない。
腹に一物を持った大人2人に巻き込まれた若者は、ベアトリーチェだけではないのだ。
ルカやその恋人をもないがしろにする行為に、例え帝国のトップ二人に膝をつかれたとて、そう易々と首を縦には振れない。
そんなベアトリーチェに親2人ときたら。
「……ベアトリーチェ嬢は本当に成長なさったなぁ、ダリよ」
「そうだろう? 私も娘の可能性に驚いている最中なのだ」
「感動している場合でもございません、早急に、経緯を、お話しください」
ベアトリーチェの反応がよほど想定外だったのか、2人とも片膝どころか正座状態で和気あいあいと話し出したが悪女補正丸出しのバフを効かせて睨みつけるとさすがに黙った。
「簡単にいうと、ことの発端は、この私がダリに、息子のどっちつかずな対応を相談したのにあるのだ」
パオロの言い分を要約すると。
ルカが恋人がいるという割には、いくらパオロが急かしても一向に婚約せずに、21歳の今に至る現状に痺れを切らしたのと、ベアトリーチェを毛嫌いする割に、彼女の情報を裏で熱心に集めまくっているらしい様子に嫌気がさしたらしく。
「こりゃ、根の方ではベアトリーチェ嬢が《本命》なんじゃないか? と思って釣書をみせたらさすがにわかるかと」
「そして、私はベアトリーチェの本命は《皇帝陛下》だから、今更ルカ君が言い寄ってきてもベアトリーチェは揺らがんだろうと踏んでパオロの企みに乗って快諾したというわけだ」
「………お二人とも……」
色々ねじ曲がってます、とさすがに言うと「言われてしまったなぁダリよ!!」と大笑いしていた。笑い事ではない。
「で、結局どうだったのかね。ルカは」
「婚約は断固お断り。候補者からも名前を完全削除ご希望、だそうです」
ベアトリーチェの回答に、さすがに父ダリは口ひげをヒクつかせていたようだったが、続くベアトリーチェの「なので、仰せのとおりにとお返しして、お帰り頂きました」とのサッパリした対応に、満面の笑みを浮かべて拍手していた。表情が忙しい父だ。
「は~~なぜあいつはああも自分の首をしめるのかねぇ。これでその《移民の恋人》とやらと数日中に婚約しなかったら今度こそ家から追い出してみようかの」
「そ、そこまでは………」
お相手のお気持ちもあるでしょうし、とさすがにルカが哀れになった。
そうか。その噂の恋人が貴族でないのがそもそもの問題点なのだろう。
帝国の医療を担うハーレクイン家は、公爵家の中でも特に血統を重んじる。
移民、ということは帝国出身でもないという事。それはパオロがこのように悩むのも仕方ないともいえるし、血統を重んじる家系でありながら、ルカがその恋人に本気ならばそれを「受け入れよう」という気概もみれるのだから、大したものだ。
そうなると、今度はそんな親心を知ってか知らずかのルカが問題になってくるのだが――ひとまず、パオロ公爵がこのような暴挙に出て、かつ父が協力した経緯がわかったので、「事情は承知いたしました」というと、「すまないね、ベアトリーチェ嬢」と困ったような笑顔でまた謝られた。
「私としては帝国一の美人・ベアトリーチェ嬢との婚約を切望していたんだよ。ダリには拒否されたがね」
「お褒めのお言葉、感謝いたします」
「お世辞じゃないんだがなぁ」
「そりゃそうだろう。あんな軟派者にベアトリーチェはやれん」
「親の前でよく言うよ、お前は」
「お二人とも、そろそろ腰を上げてください」
ベアトリーチェの言葉に、あはははと笑いながら、今度こそ2人が立ち上がる。
こんなことがあっても、幼馴染の絆は揺らがないようだ。その様子を微笑ましく思いながら、「そういうことでしたのね、お父様」と父に話しかける。
「すまなかったな、ベアトリーチェ」
「理由がわかりましたので、大丈夫です。そういう理由でしたら、アジュール公爵家にも釣書を送り付けてはいらっしゃいませんね?」
「…………ん?」
「はい?」
「お、ダリのその反応は《送ってる》ねぇ」
幼馴染で大親友の私が言うんだ、間違いない! とパオロ公爵が茶目っ気たっぷりにウィンクを決めているが、とんでもない。
どういうことだ。
なぜ、なんの縁もゆかりもない《帝国の騎士》アジュール公爵家にも送ったんだと詰めようとした時だ。
「さ、宰相様!! いらっしゃいますか!?」
執務室をドンドンとノックする音が聞こえる。
声からして、ダリを支える補佐官らのようだが、その焦りようが尋常ではない。
「何事だ?」
「アズーリ聖騎士団の方々がッ!! こちらに向かってきて……!!」
「アズーリ聖騎士団?」
《アズーリ聖騎士団》。
それは、今まさに話題に上がった蒼馬の紋章であり《帝国の騎士》でありアジュール公爵家が管轄する《帝国の武装騎士団》。
魔獣討伐から、地域の警備隊まで、帝国の保安を管理する公爵家だ。
しかし、彼らがなぜ宰相室に――?
ダリとベアトリーチェが顔をしかめた瞬間、扉の向こうにいたであろう補佐官らを押しのけて、蒼の鎧で武装した騎士団が数人、バァンと扉を開けて押し寄せてきた。
「ダリ・スカーレット卿、および、ベアトリーチェ・スカーレット嬢とお見受けした!!」
その中心、ひときわ豪勢な鎧を身に纏った青年。
まさに、今話していたアジュール公爵家の息子であり、騎士団団長である《グイード・アジュール》。
紺碧色の髪に、ラピスラズリ色の瞳に炎を滾らせた、その人が。
罪人を見るような目でベアトリーチェを鋭く睨むと、手にしていた蒼剣を抜き、なんとベアトリーチェをとスカーレット公爵へと突き付けたのだ。
「貴殿らを、《違法薬物製造・不正流通の容疑》で逮捕する!!」
「……………は?」
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次回の更新は明日の夜になりそうです。お待たせしてすみません!
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